▼『人類が消えた世界』アラン・ワイズマン

人類が消えた世界

 いま人類が忽然と姿を消したら,世界各地ではいったい何が起こるのか.住人を失ったあなたの家は,その時点から腐りはじめ,100年後には煙突のレンガなどを除く屋根や壁のほとんどは崩れ落ちるだろう.高層ビルを擁する大都市もまた,地下への浸水から崩壊し長くはもたない.人類なきあとにはどんな動物たちが地上を闊歩するのか.人間が残したいと思う文化的生産物は,銅像などを除けば,ほとんどが数万年のうちに跡形もなく消え去るが,プラスティック粒子,放射性物質などはその後も地球の環境に大きな影響を及ぼし続けるだろう――.

 類が滅亡するという思考実験は,これまでに数多く繰り返されてきた.疫病や飢饉,小惑星の衝突,宇宙人の襲来,氷河期の到来.本書も,人類が消え去る前提の上に書かれたSF的未来予測であることは間違いない.しかし,いかなる理由で人間が地上から絶滅することには触れず,「その後」の世界を丹念に描き出したところがユニーク.人類が立てた建造物や物質は,悠久の時の中でどんな経過をたどるのか.家畜は死に絶え,野生の動植物は人類登場以前のテリトリーを取り戻し,絶滅危惧種は息を吹き返す.

 そんな世界が到来し,文明の消失が生態系の再構成がどのように進むのかの緻密なシミュレーション.日本語版では,9枚の扉絵にインパクトがある.人類が忽然といなくなった数日後,排水機能が麻痺し,都心の地下鉄は水没する.2,3年後,下水管やガス管などが次々に破裂し,亀裂が入った舗装道路から草木が芽を出す.20年後,木造住宅やオフィスビルが崩れだし,雷が落葉に火をつければ,街全体は燃え上がる.

 500年後,ニューヨークはオークやブナの森に覆われ,コヨーテ,ヘラジカなどの野生動物が棲みつく.1万5,000年後,ニューヨークは氷河に呑みこまれる.30億年後,環境に適応した想像外の生命体が出現する.50億年後,膨張した太陽に押し潰され,地球は跡形もなく消え去る….ジェームズ・ラブロック(James Lovelock)の唱えたガイア理論のように,地球を一つの「超個体」ととらえるならば,人類の活動の産物など取るに足らない存在だということが分かる.それを生み出した人類も含めてのことだ.

 プラスチックやウラン235劣化ウランは,その分解や浄化に数十万年から数百万年はかかるだろうが,いずれは完了する.地球史の中でわれわれは,「定点」としてのみ存在を許されていることに思いを馳せられる.その意味で,人類が消え去る理由を不問とする本書の前提は潔よい.地質学,考古学,人類学,生物学,博物学環境学建築学,都市工学,放射線学,電波工学等のジャンルを学際的にまたがる著者の識見からなる,幻想性と科学主義の結合の思考実験.

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Title: THE WORLD WITHOUT US

Author: Alan Weisman

ISBN: 4152089180

© 2008 早川書房