▼『虚構の家』曽野綾子

虚構の家 (P+D BOOKS)

 異常に潔癖な息子を持つ一家と,駆け落ちに走る高校生の娘を持つ別の一家.物質的には満たされた高度成長期において,一見,幸福そうに見える双方の家庭には外部からは窺い知れぬ深い闇があった.裕福で社会的地位の高いふたつの家族の「内と外」をモチーフに,富裕層が,断絶のうちにじわじわと崩壊していく様を痛烈な筆致で描ききり,1973年当時,大きな反響を呼んだ問題作――.

 大学の教授と教授夫人,その令息と令嬢の実際の生活を伝聞したことがある.家庭内には氷のような空気が張り詰め,息を殺して食事をし,その間家族は一言も発しないという.そんな家庭で育った子どもは,一体どんな対人関係を結ぶようになるのかと考え,背筋に冷たいものが走る気がした刹那,ふと隣を見ると,わが家族がTV番組を見て,腹を抱え爆笑していた.

 ホテル・パレス・ビューの社長,日和崎.中学2年の息子は病的な潔癖症,小学6年生の娘は虚弱体質であった.一方,私大の教育学部教授・呉は,家庭内では妻に暴力を振るい,息子は東大を目指す高校3年.娘は,両親の意に反して肉体労働者の三宅に魅かれ,将来を約束する….経済力と社会的地位に恵まれた2つの家庭内部の対立と崩壊を描く.

 厳格な家庭に育った曽野綾子は,他罰的な思想を育んできた.1931年生まれだがピアノの練習を親に強要され,父は母に暴力を振るった.母は幼い曽野を連れ,心中を考えるほど追いつめられたこともあったという.この時代にピアノのレッスンを受けさせ,幼稚園からカトリック系の聖心女子学院に通わせていたのだから,ある程度,社会的地位のある家であったことは窺える.リベラルアーツと自律,他罰を叩きこまれた曽野は,不健全な家庭の崩壊とは,静かに進行していく「亀裂」の怖さを抱えた家族に降るとした.本書には,実体験として自分の幼少時を語ることがほとんどない著者の,投影が込められている.

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原題: 虚構の家

著者: 曽野綾子

ISBN: 4093523339

© 2018 小学館