陽気な落第生だった少年時代,ラバウルで死の淵をさまよい片腕を失った戦争の時代,赤貧のなかで紙芝居や貸本マンガを描き続けた戦後,そして突然訪れた「鬼太郎」と妖怪ブームの中で締め切りに終われる日々.波爛万丈の人生を,楽天的に生きぬいてきた,したたかな日本土人・水木しげるの面白く,ちょっぴり哀しい半生の記録――. |
正義の味方にも悪漢にも,さほど興味はない.水木しげるは,典型的なロングスリーパーで,85歳を越えた今も,12時間は睡眠時間を確保するという.子どもの頃から,朝には滅法弱く,学校に遅刻する時間に起き出しては,ゆっくり朝食をとり,のんびり登校する.学業はまったくふるわず,算数は零点ばかり.小学校を出て就職した先々でも,ことごとくクビ.
本人はふざけて生きているわけではなく,人よりペースがスローなだけなのだ.軍隊に召集され,ラバウルに赴く.鈍くさくて上官に殴られてばかりいた水木が,小用から帰ってみたら部隊は全滅していた.泡を食って川に飛び込み,九死に一生を得た.ジャングルの木々には,人には姿を見せぬ精霊たちがいて,子ども時代にのんのんばあに聞かされていた妖怪の存在と近しいものを感じたという.
何があっても自分だけは生きて還れるという確信を得ていた.根拠などない確信.その通りに長い人生を妖怪とともに生きてきたと臆面もなくいう水木だが,それが幸福なことだったかはわからないという.禍福はあざなえる縄の如しだが,何を福とするかを,意外なほど慎みある価値観でとらえている気がする.本書には,夫人との馴れ初めも出てくるが,大半は困窮の中で,周囲の引き立てに救われながら,もがき続ける苦闘の日々のことだ.
貧乏神に憑りつかれた時代を笑いながら,懐かしむ脱力感が記述には生きている.楽天的であることの才能や美徳に目がいきがちだが,本人の望んだ人生とはなにかを見過ごすことはできない.壮絶な体験を,ぼんやりと寝ぼけまなこで描写する技量に,逆に刮目させられる.なお,表紙も含め,本書には水木自身の挿絵は一枚も収められていない.
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原題: ねぼけ人生
著者: 水木しげる
ISBN: 4480034994
© 1999 筑摩書房