▼『地獄の季節』アルチュール・ランボー

地獄の季節 (岩波文庫)

 16歳にして第一級の詩をうみだし,数年のうちに他の文学者の一生にも比すべき文学的燃焼をなしとげて彗星のごとく消え去った詩人ランボオ(1854‐91).ヴェルレーヌが「非凡な心理的自伝」と評した散文詩『地獄の季節』は彼が文学にたたきつけた絶縁状であり,若き天才の圧縮された文学的生涯のすべてがここに結晶している――.

 ール・マリー・ヴェルレーヌ(Paul Marie Verlaine)とアルチュール・ランボー(Jean Nicolas Arthur Rimbaud)の叙情性を吸収していった中原中也のことも懐かしい.中原の得たフランス近代詩エッセンスは,小林秀雄の計らいによる富永太郎との邂逅がなければ,ありえなかった.当時23歳にして卓越した批評眼を振り撒いていた小林は,指導教官の辰野隆鈴木信太郎がその「ランボオ論」を読んで受講を免ずることも好しとしたくらいだった.小林は富永にランボーを紹介している.

 かつては,もし俺の記憶が確かならば,俺の生活は宴であった.誰の心も開き,酒という酒はことごとく流れ出た宴であった.

 ある夜,俺は『美』を膝の上に座らせた.―苦々しいやつだと思った.―俺は思いっきり毒づいてやった.

 俺は正義に対して武装した

 富永は散文誌『秋の悲歎』で高評されるが,小林は中原だけでなく富永をもランボーの世界へと手引きした.本書は,1873年ベルギーのブリュッセル,ポート書店にて印刷完了したランボー散文詩集.堀口大学や粟津則雄も邦訳を手がけているが,小林訳の肥沃な文学観の前にそれらは霞む."voyant"を訳すには「警告灯」「透視能力」「目撃」などが考えられるというが,これを小林は「千里眼」とした.そのニュアンスは,透徹した感性で16歳にして第一級の詩を書いた(本書にも収録)ランボーのニュアンスを,かなりの精度で拾い上げている印象.

 また見つかった.―何が,―永遠が.海と溶け合う太陽が

 俺は架空のオペラとなった.俺は全ての存在が,幸福の宿命を持っているのを見た.行為は生活ではない,一種の力を,言わばある衰耗をでっち上げる方法なのだ.道徳とは脳髄の衰弱だ(錯乱Ⅱ)

 同性愛関係に陥るヴェルレーヌとロンドンに滞在していた1872年頃,本書の執筆にランボーはとりかかっている.翌年の7月には別れ話がこじれて酔ったヴェルレーヌランボーの左手首を狙撃する「ブリュッセル事件」が起きている.ランボーは市内の病院に入院後,ロシュで本書の構想と執筆を続け,73年の8月中に完成したという.その主題は,心身の修羅場を乗り越え,魂を止揚するような語句の連続美に内包されている.詩的意識は,情熱の炎を思わせるほどに激しい.本版では,ランボーの文体を,小林訳でじっくりと愉しめる.

++++++++++++++++++++++++++++++

Title: LES ILLUMINATIONS UNE SAISON EN ENFER

Author: Arthur Rimbaud

ISBN: 4003255216

© 2008 岩波書店