▼『悼む人』天童荒太

悼む人

 不慮の死を遂げた人々を“悼む"ため,全国を放浪する坂築静人.静人の行為に疑問を抱き,彼の身辺を調べ始める雑誌記者・蒔野.末期がんに冒された静人の母・巡子.そして,自らが手にかけた夫の亡霊に取りつかれた女・倖世.静人と彼を巡る人々が織りなす生と死,愛と僧しみ,罪と許しのドラマ――.

 者・自己・家族.この3つのベクトルの均衡で,人間の社会関係は保たれている.家族とは「特別な他者」.三人称ではなく,二人称で語られる特別な存在.だが家族でさえ,一人称の自己の根幹と完全一致することはありえない.巷に溢れる「死」の情報は,文字通り氾濫している.事件や事故で不幸にも命を失った人々は,家族の内部で永遠に生き続けている.では,その家族関係に恵まれなかった人々は,誰が記憶してくれるのか.その問いの行く手には,個人の生と死をめぐる刻印の「濃淡」という問題がある.

 〈誰を愛したか〉〈誰に愛されたか〉〈どんなことで感謝されたことがあったか〉――三点に集約される故人の生前情報を聞き出し,「悼み」の儀礼を行う青年には,客観的には非合理で際立った異常性が指摘される.端的にいえば,意味不明で説明不能な行為“悼み”の巡礼を続ける彼を,誰も理解できない.凶悪な無差別殺人があるように,無差別に故人を悼む奇異な人物がいることも異常.しかし,それらがともに不条理であることは共通する.本書の章立ては,目撃者・保護者・随伴者・偽善者・代弁者・傍観者・捜索者・介護者・理解者という「行為」する者の複合語からなる.

 これらの語は,第三者の視点がなければ表現できないものだ.人間の社会関係・3つのベクトルと呼応するように,悼む人・坂築静人を旋回する関係をもつのは,人間の醜態を暴露する週刊誌記者,死期の近づいた坂築の母,殺した夫の亡霊に取り憑かれた女性の三者である.冥福を祈るわけでも,裁きの意志を悼む行為に籠めるわけでもない.遺族の傷を抉る傲慢と罵られようと,悼む人は何をも否定しない.ただ,人の死去した現場で我流の儀礼を続けるのみである.死と死者の生存した記憶を刻印するという「漠然たる使命」に駆り立てられる坂築だが,意外にも病死と老衰による死は素通りする.

 前述の悼みの「三要件」は,突然死でなければ該当しないのか.軽重をつけられる死への違和感は,死因によって判断が分岐することへの批判と言い換えられるものだ.その人物が愛し愛され,感謝されたことを,生きた証として儀礼者の胸に刻む.宗教の立場に踏み入ることなく,この社会に突如として出現した観念論的行動傾向をもつ者――この設定は興味深い.だからこそ,物語が人間関係の腐敗や欠落性を徹底していない点が惜しい.悼む人と霊との対話は,神秘主義の要素が強くなりすぎた.特異な行為による驚きや感銘,それに照射される人間関係の「記号化」への気づきの波及.これらを脹らませず萎ませてしまった観がある.

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原題: 悼む人

著者: 天童荒太

ISBN: 9784163276403

© 2008 文藝春秋