▼『ちょっとピンぼけ』ロバート・キャパ

ちょっとピンぼけ (文春文庫)

 パリよ,俺だよ……私のカメラのファインダーの中の数千の顔,顔,顔はだんだんぼやけていって,そのファインダーは私の涙で濡れ放題になった…….二十年間に数多くの戦火をくぐり,戦争の残虐と非道を憎みつづけ写しつづけた報道写真家が,第二次大戦の従軍を中心に,ある時は恋を,ある時は死を語った人間味あふれる手記――.

 ょっと間の抜けたタイトルの本書は,ロバート・キャパRobert Capa)の1942年から1945年までの活動の手記.第二次大戦中,キャパは軍部からVIP待遇にあったが,戦場カメラマンの勇猛さだけを叙述してはいない.20歳で祖国を捨て,1936年スペイン内乱の「斃れる瞬間の民兵」をフィルムに収めた写真家.そのシリアスな顔と,陽気で女好き,ポーカーに目がない俗っぽさと悪戯っぽい顔が一体化している.

 本書は,死線を幾度となく潜り抜けた体験を回顧しながら,そんなことを伝える.親交のあった軍人を喪い,ファインダーを涙に曇らせることもある.しかし,キャパは戦場に立ち続けることに臆さず,41歳でベトナムハノイ南方で地雷を踏んで死んだ.シシリヤ攻略を扱った写真はちょっと「ピンぼけ」であった.

 本書のハイライトで圧巻な描写力をみせるノルマンディ上陸作戦の写真は,死体をかき分けて突き進み,失神するほどの恐怖と興奮にさらされて得られたものだ.不鮮明なその写真は,「キャパの手の震えによるピンぼけ」と解説され,「失神,氏名不詳」という札をつけられて,キャパは生還した.気がつくと,ザ・ロンゲスト・デイの最前線を伝えるスクープ写真を彼はモノにしていたのである.ライカコンタックスを引っ提げ,キャパは地を這う虫の如くシチュエーションに食い下がった.

 大戦終了後は,マグナム・フォトという写真家団体を設立するが,その経緯や写真論は微塵も本書に登場してこない.18歳のときのトロツキー,内乱のスペイン,日中戦争の中国大陸,第二次大戦の北アフリカ,ノルマンディ,近東,そして灼熱のインドシナの水田地帯.キャパは戦場の地に,フォトジャーナリストのエクスタシーを求め続けた.地雷に吹き飛ばされても,胸にしっかりとカメラを抱きしめていたという.ハンガリー系のユダヤ人の出自であるが,強制収容所をファインダーを通じて見ることはなかった.

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Title: SLIGHTLY OUT OF FOCUS

Author: Robert Capa

ISBN: 4167216019

© 1979 文藝春秋