▼『リー・ストラスバーグとアクターズ・スタジオの俳優たち』ロバート・H.ヘスマン 編

リー・ストラスバーグとアクターズ・スタジオの俳優たち―その実践の記録

 本書はマーロン・ブランドジェームズ・ディーンマリリン・モンローダスティン・ホフマン,アル・パッチーノなど多数のアメリカの名優を送り出したアクターズ・スタジオにおいて,その天才的指導者リー・ストラスバーグが,いかにして彼らを育てたかという稽古場における録音の再現である――.

 技におけるリアリズムを徹底的に追求する「メソッド演技法」は,アクターズ・スタジオ芸術監督リー・ストラスバーグ(Lee Strasberg)の「システム」である.メソッド以前の演技者は,大仰な表情や発語で形式的「劇」を演出していた.ストラスバーグの指導を受けたダスティン・ホフマン(Dustin Hoffman),ジャック・ニコルソン(John Joseph "Jack" Nicholson),ロバート・デ・ニーロ(Robert De Niro)らは,役に取り組む俳優の創造性を証してみせ,鑑賞者の想像力をいたく刺激し,感銘を授けることを具現している.それは,古典的な表現主義とは概念を異にする演劇アプローチということであった.「波止場」(1954)でマーロン・ブランド(Marlon Brando)は,即興による所作でもどかしい心の動きを表現.大人に対して咆哮しながらも,捨て犬のような脆く,憐れみを誘う瞳に,特権に対する反抗心というテーマが嵌め込まれた「理由なき反抗」(1955)のジェームズ・ディーン(James Byron Dean).

 アメリカン・ラボラトリー・シアターでストラスバーグが学んだ「スタニスラフスキー・システム」は,コンスタンチン・スタニスラフスキー(Константин Сергеевич Станиславский)の提唱する近代俳優術であった.ロシア演劇のリアリズムの伝統,唯物論的な美学や心理学,生理学を基礎に置くとされるスタニスラフスキー・システムを改良した技法こそ,ストラスバーグとアクターズ・スタジオの俳優が共同で練り上げた演技プランとその理論なのである.500から1,000という入学倍率を誇る狭き門は,アル・パチーノ(Alfredo James “Al” Pacino)が3回,ホフマンが11回,ニコルソンが13回受験して,ようやく入学できた事実が物語る.本書は,アクターズ・スタジオでストラスバーグが門下生に稽古をつけているワークショップの厖大なテープ記録を編集した構成である.オーディションで何度も不合格となった後,入学を果たすことができた俳優は,才能の量が変化したことを評価されたわけではない.

 それは,才能をアピールする「進歩」を評価された結果と本書でストラスバーグは語っている.メソッドという俳優術の体得者は,ストイックなまでの役作りと表現を通じ,人生の「真実」を暴く.役柄にまつわる徹底的なリサーチを厭わず,時に身体的・心理/内面的改造にも挑む彼らの信条は,演技のパフォーマンスは,役者がどれだけ与えられた役柄の人生を追体験できるかという部分にかかっている.そのようなレッスンをストラスバーグはユーモア,鼓舞,叱咤激励を駆使して伝授していくのである.アクターズ・スタジオ出身の名優が席巻する――広い意味での――演劇界は,メソッド演技法の芸術性を基礎としてもつ俳優群のフォーメーション的演劇様式を認めざるを得ない状況にあるといえる.

 シェイクスピア演劇のエッセンスを修得したと看做されるイギリス俳優陣のメソッド批判,またアクターズ・スタジオは,役者のパーソナルな欲望を封印することで成り立つ性格俳優の仕事を体系化してしまったとするジョン・カサヴェテス(John Cassavetes)の苦言にも,耳を傾けるべき点はある.しかしアクターズ・スタジオが輩出した役者陣が発揮する個性的パフォーマンスを根底から支える訓練・意志の手順と創造性は,あまりに巨大な意義をもっている.念のため記しておくが,本書でメソッド演技のシステム理論を系統的に学べると期待することは危険.ワークショップで飛び交った意見や討論をまとめ,いかに一定の方向性をストラスバーグが示したか.彼の肉声を尊重して述べられているが,各論から総論への関連を考える敷衍,あるいは総論から各論への収斂について,全体的に判断することは難しい.ここでのストラスバーグの言説は,メソッドの教条的な論理である.理論の全容を解明する意義をもつ書ではない.

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Title: STRASBERG AT THE ACTORS STUDIO

Author: Robert H. Hethmon

ISBN: 9784875745990

© 2002 構想社, 劇書房