深夜のニューヨークで若い女性がむごたらしく殺害された.38人もの近隣住民がそれを目の当たりにしたにもかかわらず,救おうとするどころか,誰も通報さえしなかった.後に心理学の「傍観者効果」説まで生んだ特異な事件の真相とは?ピュリッツァー賞記者がミステリーに迫るノンフィクションの名作,待望の邦訳――. |
魅力的な28歳の女性キティ・ジェノヴィーズ(Kitty Genovese)は,ニューヨーカーでバーの経営者だった.1964年3月13日午前3時過ぎ,クイーンズ地区で帰宅途中のジェノヴィーズは29歳の男に襲われ刺殺された.だがこの事件が特異に思われたのは,1)彼女は35分間で同一犯に3度襲われ強姦されたこと,2)警察によると彼女の悲鳴と助けを求める声を認識していた近隣住民は38人にものぼったことであった.
いったい叫びからどのくらい遠ければ,あの38人の目撃者を憎むように,自分自身を憎まなくても許されるのだろうか.キャスリーン・ジェノヴィーズが私がタイムズ紙でコラムを書いている間にずっと問い掛けていたのは,この問題なのである.これより重要な問題は果たしてあるだろうか.教えて欲しい・・・どれくらい遠ければ許されるのかを
ニューヨーク・タイムズ紙編集主幹,ニューヨーク・デイリーニュースのコラムニストを歴任したA.M.ローゼンタール(Abraham Michael Rosenthal)は,集団の「無関心」が起こした寒々しさを本書で展開する.社会心理学の「傍観者効果」の典型例として人口に膾炙することになる事件だが,真相解明に寄与する視点は本書には皆無.
クライム・ノベルともノンフィクション・ノベルとも言い難い生温さが目立つ中途半端な著作.トルーマン・カポーティ(Truman Garcia Capote)や佐木隆三の著述スタイル――犯罪の「痕跡」をまず示し,次に犯罪にいたる「軌跡」を淡々と述べていく手法――には足元にも及ばない.3つの序文で無駄に分量を稼いではいるが,そのことで低レベルなパンフレット級の本文が格上げされるわけでもない.
著者は,もっともらしくアパシー(無関心)や責任の分散を語っている.しかし現場に足を運ぶことはなく,適当な部下を取材に行かせて,報告をもとに随想を書き連ねたに過ぎない.日本での出版を企画し,邦題と装丁に全力を注いだであろう青土社編集者の信念は疑わしい.生硬な翻訳も何とかならなかったのか.
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Title: THIRTY-EIGHT WITNESSES
Author: Abraham Michael Rosenthal
ISBN: 9784791766086
© 2011 青土社