▼『有閑階級の理論』ソースティン・ヴェブレン

有閑階級の理論―制度の進化に関する経済学的研究 (ちくま学芸文庫)

 制度の進化論的プロセスを記述して,ガルブレイスなどに大きな影響を及ぼし,現代の経済人類学・消費社会論的思考の先駆者業績ともなった,ヴェブレンの主著の画期的新訳――.

 業部門で急激な成長を遂げた1870年以後のアメリカ経済について,ソースティン・ヴェブレン(Thorstein Bunde Veblen)は「制度」,すなわち慣習の体系を進化論的に検討した.本書で述べるような,高価な商品を社会的威信を得るために消費するような現象(顕示的消費)は,“ヴェブレン効果”として知られる.産業的な労働から免除されていながら,名声を伴う職業につく前近代的支配階級――有閑階級――は,顕示的に金銭を消費することと同様,時間をも消費する.

富裕な有閑階級の慣行,振る舞い,ものの見方が,そうでない人々に対する義務的な行為規範のようなものになってくる,という事実は,その階級の保守的な影響力の厚みと広がりを加重する.そうなると,彼らの指導に従うことは,標準的な人々すべての責務になってしまう.それゆえ,より富裕な階級は,作法の権化としての高い地位のおかげで,その階級のたんなる数字上の強さが割り当てるものをはるかに超えて,社会の発展に対して阻害的な役割を発揮するようになる

 ヴェブレンはドイツの新歴史学派の影響を強く受け,資本主義社会を構成している社会制度の共有・定型化の過程を,進化論的に検討し,修正発展させた数少ない経済学者.名誉や名声を得ることを目的にした有閑階級の生活図式は,有り体にいってしまえば見栄と牽制の思考習慣.派手な消費文化を謳歌していたアメリカ社会に冷や水を浴びせるような辛辣さだが,ヴェブレンはそのような諷刺を目的としない.快楽主義とも功利主義とも異なる人間理解は,静的な機械的分類学ではなく「制度」が歴史的に発展,あるいは瓦解していく動態的世界観に基づく.この点が歴史学派の影響といえるであろう.

たとえ新しい適応を迫るような変化が自然環境の側で生じなかったとしても,産業技術の発展が続くかぎり,人間の思考習慣はつねに新しい産業技術への適応を余儀なくされるから,結果的に思考習慣=制度の進化は無限に続くことになる.産業技術はたんなる知識にすぎないとはいえ,その発展・変化は,産業に従事するすべての人に新しい技術を理解するように,つまり「ストック」としての知識体系を理解できるような精神態度や思考習慣を身につけて,適応するように要請する.その意味で,社会的に蓄えられた知識=「ストック」としての産業技術は,個々の人間にとってはつねにかなりのエネルギーを要する理解の対象であり,したがって外的な環境なのである

 制度学派の創始者ヴェブレンは,有閑階級とは共同社会が原始未開から野蛮状態へと移行する間に生まれたものと考える.その価値体系は,階級の一定部分が生産労働に従事しなくてもすむ生産段階を維持・発展させテクノクラシー時代にも残存しているという趣旨.本書はヴェブレンの名を大いに高め,マルクス主義とは違った角度で産業社会分析をなした著作と評価されている.しかし,同時代の学界からは冷遇され続け,制度学派の正当な後継者を育てることもできなかったが,ヴェブレンの足跡は大きい.社会資本の供給は民間セクターに委ねられるべきではないとする考え方は,ジョン・ケネス・ガルブレイス(John Kenneth Galbraith)の再評価を経て,宇沢弘文良識派の公共経済学者に受け継がれた.

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Title: THE THEORY OF THE LEISURE CLASS

Author: Thorstein Veblen

ISBN: 4480084169

© 1998 筑摩書房