犯罪捜査の世界で"鑑識の神様"とよばれ,伝説化されている警視庁警視の,小説を圧倒するおそるべき体験記.「弾丸箱を追って」「手の甲に赤いひも跡」「死顔に化粧する」「ふしぎな現場」など40話――. |
東京市本所区(当時)の警察署に巡査として1926年入職した岩田政義は,1939年両国警察署司法主任となり,以後警視庁捜査課,鑑識課を経て1955年に警視.刑事訴訟法の手続きを大幅に改正した1948年前後の時期に,鑑識の礎を築いた現場捜査官の一人だった.
自然科学・心理学・社会科学の諸知識を応用して犯罪の全貌に迫るフォレンジック(科学捜査)は,生化学的研究と実験方法の近代化を図った薬学者・秋谷七郎の功績も大きい.1949年の下山事件に対する「死後轢断説」の立場は,pH曲線による死後経過時間の測定結果を根拠とする仮説演繹から採用されている.
地を這うような捜査の執念が「落とし」という結果に表れる警視庁捜査一課の凄腕刑事とは,また違った方面から,鑑識捜査は犯行現場「証拠」を収集し,ともに臨戦態勢をとっている.本書では成功譚よりも失敗談が力説されている部分が目立つ.
それも35年の経験,失敗と疑念を残す事例から得られた教訓が淡白に述べられている.ここには記さないが,当時の鑑識を悩ませた「殺害方法」「犯行状況」などは関心を引く.体系的基礎がなされつつあった鑑識の時代.回顧する専門家の興味深く貴重な声.
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原題: 鑑識捜査三十五年
著者: 岩田政義
ISBN: 4122013585
© 1986 中央公論社