▼『放浪の天才数学者エルデシュ』ポール・ホフマン

放浪の天才数学者エルデシュ

 鞄一つで世界中を放浪しながら1日19時間,数学の問題に没頭した天才数学者エルデシュ.83歳で死ぬまでに発表した論文は1500,有史以来どんな数学者よりもたくさんの問題を解き,しかもどれもが重要なものであったという.アインシュタインを感服させ,奇才ゲーデルを励ました数学界の伝説的人物エルデシュは,子供とコーヒーと,何よりも数学を愛した.やさしさと機知に富んだ天才のたぐいまれな生涯をたどる――.

 歳で3桁の乗法を理解し,4歳で誰に教わることもなく負の数を発見したポール・エルデシュ(Erdős Pál)は,奇矯な振る舞いと驚異的な業績で知られる天才.家族も趣味も住所さえもたなかった彼は,四大陸を驚異的なペースで飛び交い,大学や研究機関を移動して回った.「わしの頭は営業中だ,君の頭は営業中かね?」――議論したい数学者の自宅を突然に訪れ,相手が辟易するまで討議し,エルデシュの関心がほかへ移るまでそこへ居座る.次の行先は別の数学者の私宅であるということを繰り返した.

 最低限の手持ち品と,論文が詰め込まれた粗末なスーツケースひとつ,ブダペストの大型百貨店セントラム・アルハズのくすんだオレンジ色のビニル袋1枚で,生活のすべてをまかなっていた.20歳になるまでパンにバターを塗ることができず,靴下の履き方も満足に知らなかった.信じがたいほど数学研究にあらゆる犠牲を払う生活様式をもって,生涯で1,475編の論文――しかも70歳を過ぎて50編が著された――という化け物じみた学問的貢献が現実になっている.

 母親の死後,ベンゼドリンやエスプレッソ,カフェイン錠を頼りに19時間も研究に打ち込む生活を晩年まで続けたそのスタイルは,アダム・スミス(Adam Smith)とよく似ている.エルデシュは,共同研究を重んじた.才能ある若手を熱心に育て,多くの数学上の問題の発見と証明という「成果」を上げることにのみ執着した.「フェルマーの最終定理」の証明に独力で取り組んだアンドリュー・ワイルズ(Andrew John Wiles)の研究姿勢に対する舌鋒は,実に辛辣.

 多様な研究スタイルを各自で認め合うほどの寛容さは,非凡であるほどに持ちえないということを感じる.いかなる天才であっても,真理の追究を独占的に為すことを嫌ったエルデシュへのオマージュとして,エルデシュ数というものが作られている.エルデシュと共著で論文を発表した研究者は「エルデシュ数1」,さらにエルデシュ数1保持者と共同研究を行った者は「エルデシュ数2」.2010年までのフィールズ賞受賞者は,全員 5 以下のエルデシュ数を持つとされる.

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Title: THE MAN WHO LOVED ONLY NUMBERS

Author: Paul Hoffman

ISBN: 9784794218544

© 2011 草思社