▼『シルヴェストル・ボナールの罪』アナトール・フランス

シルヴェストル・ボナールの罪 (岩波文庫)

 作者の出世作であり,代表作の一つに数えられる日記体の長篇小説.セーヌ河畔に愛書に囲まれてひっそりと暮す老学士院会員をめぐるエピソードが,静かなしみじみとした口調で語られる.古書にとりまかれて育ち,多くの書物から深い知識を得たのち,その空しさを知った懐疑派アナトール・フランス(一八四四―一九二四)の世界がここにある――.

 9世紀最大の都市反乱「パリ・コミューン」の前後,パリのマラケ河岸の版画屋4階に婆やと同居する学士院会員シルヴェストル・ボナール.彼が54歳から62歳までが第一部「薪」,67歳から70歳までが第二部「ジャンヌ・アレクサンドル」となる.ともに日記形式で,日常生活圏の逸話が穏やかに語られていく.1871年3月18日から5月28日に至る間,パリに樹立されたコミューン蜂起の影といったものは,ボナールの記述にはない.

 本の出張販売を生業とする男とその妻にかけた情,その証としての写本.初恋の人の不遇の孫ジャンヌの後見人となったボナールは,ジャンヌ結婚に際して,婚約者に蔵書を贈る約束をしたが,件の写本だけはそっと隠した.その行為を「罪」と感じるボナールのほのぼのとした人間愛.セーヌ河畔の古書商に生まれ,古典に親しんだアナトール・フランス(Anatole France)は,愛すべき老学究ボナールを37歳で描いた.

 科学・芸術の振興および歴史的遺産の管理を目的とする学術団体(学士院)の会員で,サン・ジェルマン・デプレ修道院を研究するボナールへの共感が読み取れる.社会主義者としての態度を表明し,その作品に社会主義的傾向が強まるのは1904年,共産党に入党するのは1921年.端正な古典趣味に没頭したボナールとは正反対の晩年を,フランスは過ごすことになる.

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Title: LE CRIME DE SYLVESTRE BONNARD, MEMBRE DE L’INSTITUT

Author: Anatole France

ISBN: 4003254341

© 1975 岩波書店