▼『いのちの始まりと終わりに』柳澤桂子

いのちの始まりと終わりに

 医療と科学の進歩が,生と死のあり方を根底から変えてしまった今日,いのちをつなぐという人の自然な関係が揺らいでいる.生命をめぐる環境の変化を見すえる生命科学者が,生と死の倫理を問い,いのち本来のあり方を考える――.

 出した才知と識見をもちながら――むしろそうであるがために――医の政治闘争に敗れ,在野に下った医学者を知っている.その方は「原因不明の病などない」という信念のもと,生と死の倫理に厳しく対峙しておられた.1969年に柳澤桂子を襲った病は,心身症,膵炎,子宮内膜症潰瘍性大腸炎てんかん,脳幹症,慢性疼痛,鬱病,ヒステリー,多発性硬化症の症状が次々に現れ,「周期性嘔吐症」という診断を得るに至っている.しかしこの病自体,仮の診断名であり,最終診断名ではないという事実が患者を打ちひしぐ.

 原因不明の病などない――医学徒を正しい道に駆り立てる件の医師の言葉を,思い出しながら本書を読んだ.驚くべきは,長年にわたる想像を絶する苦痛のため,外出が不可能であった時期に本書は刊行されているということだ.ここにある全9回の講演形式の随筆は,どこかで開催された連続講義のとりまとめなどではない.自己との対話から,読者への語りかけへと精緻に配意された著作であるという事実に,謙虚な思索の崇高さがある.

 いくつかの箇所で,演壇を前にした聴衆の様子が描写されるが,それは本書を手にする読者の集合的意識であって,著者がその前に姿を現したということではない.生命科学と医学の発達の加速度に比例して,人間の手にする技術と論理の危うさを指摘する9つの章.ヒトゲノムプロジェクトが佳境を迎えた時期,クローン,臓器移植,安楽死など生命科学の「システム」と「規範」を問う論考は,今日的にみてトレーサビリティがきわめて強い意匠といっていい.

 本書を通読されたら,各章の「導入部」を改めて振り返ってみてほしい.「早春賦」と梅の花からはじまる春は,いのちの生まれる季節.白く燃え上がる白蓮の花の華やぎと対照的な「いのちの選別」.新緑の美しさも,時間とともに汚くなっていく人間同様の「運命」.樹の葉も落ち,木枯らしの吹く中で春の準備を予感する「最終回」.生きる命を受け止めようと努める科学者の言葉が,なんと詩的であるかに感銘を受けるだろう.

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原題: いのちの始まりと終わりに

著者: 柳澤桂子

ISBN: 9784794210654

© 2001 草思社