▼『憲法と君たち』佐藤功

復刻新装版 憲法と君たち

 改憲か護憲かで揺れていた1955年.若き憲法学者が,子どもたちに向けて一冊の本を残していた.人間の歴史の中で,憲法は何のために,どのようにして作られてきたのか.そして,なぜ大切にしなければならないのか.憲法の本質を,やさしく語り掛けるように解説.憲法制定に関わった著者が贈る子どもたちへのメッセージ.60年ぶりの名著復刻――.

 大法学部講師を経て幣原内閣の憲法問題調査委員会(松本委員会)に助手として参加,後に内閣法制局参事官の立場で,憲法制定に関与した著者は,成蹊大・上智大・東海大教授を歴任した.本書の初版は,自主憲法の制定を掲げる自由民主党(幹事長は岸信介)が結成された1955年.翌年には,9条改正を視野に入れた憲法調査会が設置されている.つまり,権力者の恣意的支配に対抗する「立憲主義精神」に貫かれた本書は,冷戦当時,民主主義の制限をやむなしとする改憲派との緊張関係を背景に書かれている.

 戦後,内容的に明治憲法と変わりのなかった憲法改正要綱(松本案)を,GHQは拒否した.皇居を臨む日比谷の第一生命ビルを接収した場所に置かれた民政局には,弁護士,法務博士などニューディーラーが多く詰めていた.そのニューディーラーに浸透していたフランクフルト学派――マルクス主義の影響も強い現代社会の「総体的解明」路線――に無知なベアテ・シロタ・ゴードン(Beate Sirota Gordon)を人権小委員会に参画させ,GHQ草案が起草される.それを仕方なく受諾した帝国議会の「帝国憲法改正草案要綱」にもとづき,日本国憲法が1947年5月3日に施行されたのである.

 こうした経緯から,この国の憲法は「アメリカに押しつけられた憲法」と称されることがある.しかし,「国民が憲法の最後の番人にならなければいけない」という著者の主張は鮮やかで,政治権力を法(憲法)によって規制しようという立憲主義の原理原則は,憲法の原案を誰が作成したかにかかわらず,次の3つを明記しているのであれば,その意義を墨守しなければならないことになる.

 「民主主義と,基本的人権と,そうして平和,この三つはどうしても変えてはならない」.現憲法に定める幸福追求権,人身の自由,生存権,労働基本権などの人権規定は,世界人権宣言や国際人権規約に先んじており,そのことをもって,立憲民主主義の価値を堅持する基礎とするべきだろう.本書の読者層は中学生を強く意識しており,「憲法が君たちを守る.君たちが憲法を守る」と最初と最後に分かりやすく,しかし普遍性を力強く語りかける格調は高い.

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原題: 憲法と君たち

著者: 佐藤功

ISBN: 9784788714915

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