▼『芸術を愛する一修道僧の真情の披瀝』ウィルヘルム・ヴァッケンローダー

芸術を愛する一修道僧の真情の披瀝 (岩波文庫)

 芸術の古都ニュルンベルク讃仰,ドイツ古典精神の権化たるデューラーへの思慕,さらにイタリア・ルネッサンスの巨匠たちに対する深い帰依と讃歎等の中に,芸術と宗教との融合を説く.これは18世紀末,25歳の若さで世を去ったドイツ・ロマン派の異彩ヴァッケンローダー(1773‐1798)の純真な芸術への愛と熱烈な信仰との表白である――.

 格な枢密顧問官の家に生まれたヴィルヘルム・ヴァッケンローダー(Wilhelm Heinrich Wackenroder)は,法曹を強いられたが,芸術の省察への道に進む.25歳で夭折したヴァッケンローダーの著述はごく限られている.しかし,短くとも彼が身を置いていたのは,ヨーロッパで高まった文学と芸術の思潮「ロマン主義」その時代だった.独特の厭世観を抱いていたヴァッケンローダーは,本書で一修道僧の告白と試みを提示した.

 カトリック世界に残る中世的雰囲気への回帰,芸術に身を捧げようと決心した個人が,過ぎ去った時代を回顧し,敬虔な信仰ともなる賛歌を記す.ロンバルディア派の始祖,フィレンツェ派の祖先,芸術の普遍性・寛容・人類愛.ロマン派に通じる革新的な文学運動「シュトゥルム・ウント・ドラング」(嵐と衝動)の時代は,理性中心の啓蒙主義に異を唱え,感情,直観と人間性の自由を叫んだ.ドイツ・ロマン派は――たとえば「無限なるものへの憧憬」を象徴する語となり,詩意の愛惜を虚構の散文として述べた『青い花』――,現実性の希薄が弱点として指摘される場合がある.

 近代市民社会の未成熟な段階にあったドイツで,市民的日常からの脱出という矛盾を追究した芸術思潮と見れば,ロマン派の中にも保守的な復古体制や革新主義などの多面性があると読める.空疎な夢想ではなく,芸術への純真な心理の駆動は,啓蒙主義に対する対抗運動の意味を帯びる.芸術の枠を越え,歴史学派と呼ばれる立場は,「自由と平等」という光り輝く理想を掲げたフランス革命を典型に,ロマン主義の思想が政治的位置を得て実体化したものと見るべきであろう.

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Title: OUTPOURINGS OF AN ART-LOVING FRIAR

Author: Wilhelm Heinrich Wackenroder

ISBN: 4003245113

© 1954 岩波書店