▼『歴史とは何か』E.H.カー

歴史とは何か (岩波新書)

 歴史とは現在と過去との対話である.現在に生きる私たちは,過去を主体的にとらえることなしに未来への展望をたてることはできない.複雑な諸要素がからみ合って動いていく現代では,過去を見る新しい眼が切実に求められている.歴史的事実とは,法則とは,個人の役割は,など歴史における主要な問題について明快に論じる――.

 ョン・アクトン(John Emerich Edward Dalberg-Acton)は,ヴィクトリア時代後期の信念と自信をもって,一つの信仰「完全なる歴史」「決定的な歴史」を述べた.しかしジョージ・クラーク(George N. Clark)は,過去に関する知識の「加工」という事態,「絶対不変の元素的な非人間的なアトム」といった盲信の当惑に疑義を呈する.

歴史的事実という地位は解釈の問題に依存することになるでしょう.この解釈という要素は歴史上のすべての事実の中に含まれているのです

 E.H.カー(Edward Hallett Carr)は,それら事実の尊重と解釈を巡る対立を,歴史の本質という広汎な問題の隘路と本書の冒頭で明かしている.歴史哲学のアプローチは,1)歴史形而上,思弁的,実質的歴史哲学,2)歴史方法論,歴史論理学,歴史認識論などが考えられてきたが,歴史の本質・目的・意味は,いかなる意義をもって成立するかを論じるのである.少なからぬ文脈でカーは説く.

歴史とは歴史家と事実との間の相互作用の不断の過程であり,現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話である

 事実の捨象を行う歴史家の研究姿勢も社会的要素の一であり,それも歴史の社会過程のなかに組み込まれるものである.カール・マルクス(Karl H. Marx)の唯物史観オーギュスト・コント(Isidore Auguste Marie François Xavier Comte)の実証主義など,社会現象の諸原因の秩序と上下関係を法則的に見出そうとした点で共通する.本書の著された19世紀後半は,歴史学の進展に一定の反省が促された時代である.

 カーの長年の研究を反映し,叙述の奥行きが深々としている.歴史の進歩性と地平線を見晴らす第5章と第6章は,史観を耕し定着させようとする歴史家の責務について,カーは紙幅を費やしている.1961年1月から3月にかけ,ケンブリッジ大学で行われた講演「歴史とは何か」の全訳.講演はBBC第三放送でも継続され,週刊誌「Listener」に掲載された.だが放送分の分量は講演のサマリー的なものであったため,訳出にあたってはカーの講演全文が対象とされた.清水幾太郎の名訳も特筆される.

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Title: WHAT IS HISTORY?

Author: Edward Hallett Carr

ISBN: 4004130018

© 1962 岩波書店