▼『友情について』佐藤優

友情について 僕と豊島昭彦君の44年

 「豊島,一緒に本を作ろう.君の体験という財産を,後の人たちのために遺すんだ」.会社の破綻,理不尽な上司,リストラや出世,転職,家族,友人,病…人生とは何か.余命を意識したとき,人は何を思うのか.前代未聞の緊急出版プロジェクトが始まった――.

 磋琢磨する同好の士といった関係を醸成するエレメントもあれば,裏切りと別離に苦い涙を禁じ得ないこともある.それが友情というものだろう.埼玉県立浦和高校の1年次クラスで出会った佐藤優と豊島昭彦は,高校時代に特別な交友を結んだわけではなかったという.豊島は一橋大学法学部卒業後,日本債券信用銀行(当時)に入行,資金証券部,総合システム部などを経て危機管理室長,2012年ゆうちょ銀行に転職した.佐藤は同志社大学神学部に進み,チェコプロテスタント神学者ヨゼフ・ルクル・フロマートカ(Josef Lukl Hromádka)に憧れて外務省に入省,だが東欧担当はかなわず対ロシア外交の情報分析官の道を歩んだ.

 浦和高校の出会いから40年間,2人はまったく交流をもっていなかった.再会したのは,豊島が日本公認会計士協会に再転職の直後,膵臓がんの発覚した2018年のことである.すでにノンフィクション作家として地位を築いていた佐藤に宛てた近況報告のなかで,豊島は,自分の死期が近いことを告げていた.膵臓がんステージⅣの余命の中央値は291日――.これを知った佐藤は,「それで,豊島は何がしたい」と問う.豊島は「自分がこの世に生きた証しを残したい」と答えた.意識がはっきりしているうちに,人生経験をふりかえる手記を書いてもらい,並行して佐藤は3回のロングインタビューを行い,原稿を約5週間で仕上げた.

 豊島のチェックを経て本書は2019年4月22日,講談社に上梓された.自分史として書かれた豊島の手記に佐藤の来歴が挟まれ,同世代者の体験が重なり合って,1960年前後に生まれた2人が外交官と銀行員という異質なフィールドに飛び込み,人生をどう切り開いたかが語られる.本書の主旨からすれば,むろん豊島個人の奮闘が大部である.興味深いことに,2人とも「危機管理」を主業務にした時期がそれなりに長いということだ.「親友とは付き合った時間よりも相互理解の深さで測られるもの」と佐藤は書いているが,2019年6月7日に永眠した豊島は,家族への遺言をほかならぬ佐藤に託していた.

 意思疎通が不可能になったが耳だけは聞こえている様子の"親友"の前で,佐藤はご家族一人ひとりに遺言を伝えた.死期の迫った親友のためとはいえ,自分は商業ベースの著作に利用しているのではないか,と葛藤していた佐藤に対し,緩和ケアに入る豊島は労いと感謝を述べている.彼らを結んでいたのは,本当の信義と呼べる友情であり,そこに交友期間の長さは本質的に介在していない.かつて,森鴎外は13歳年下の福間博と「精神的電流」が走る関係を結んだ.地理的な隔離や生死の断絶ですら,友情の純度を高める場合がある.真に誠実な友情を記録化した本書は,そのことを何より力強く訴えている.

豊島君と著者が親しく付き合ったのは,高校1年生の1年間と,2018年10月以降の数か月に過ぎないが,相互理解の深さは無限である.だから,40年以上,別の道を歩んだことは2人の友情にとって,なんの障碍にならなかった.理由は,「少数でよいので,真に理解できる友人を持つことができる人とそうでない人では,人生の意味が大きく異なってくる」から

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原題: 友情について―僕と豊島昭彦君の44年

著者: 佐藤優

ISBN: 978-4-06-515111-2

© 2019 講談社