アリストテレスの愛弟子テオプラストスが,つれづれの興にまかせて,その軽妙犀利な筆をふるい,古代ギリシアのちまたに暮らす民衆の身すぎ世すぎの姿をとらえた人物スケッチ三○篇.「空とぼけ」「おしゃべり」「けち」「へそまがり」「お節介」などなど,どのページにも,いにしえのギリシア庶民のさざめきがこだましている――. |
アリストテレス(Aristotle)が興したアカデメイアの第二代学頭を務め,99歳まで生きた記録――本書「序」による――も残るテオプラストス(Theophrastus).ギリシアの市井の人々の喜劇的軽妙さに満ちた性格は,陽気で失笑を買うものであっても,眉を顰める類の者は少ない.ヘレニズム時代,画一化の流れが加速したギリシア喜劇では,人物のキャラクターの類型化が進む.
哲学者たちは,人間の性格を分類することにルサンチマンを見出そうとした.本書が生まれた経緯もそこにあるが,「さまざま」といいながら,人間の不徳や欠点をスケッチし,美点は皆無.空とぼけ,へつらい,無駄口,お愛想,噂好き,恥知らず,けち,いやがらせ,とんま,お節介,へそまがり,迷信,不平,不潔,不作法,虚栄,しみったれ,ほら吹き,横柄,年寄りの冷や水,悪態,貪欲――.
古えのギリシアの人々の姿は,皮肉や微笑をもって,寛大に眺められるべき「多様性」である.マルクス・アウレリウス(Marcus Aurelius Antoninus)は「他人の厚顔無恥に腹が立つとき,みずからに問うてみよ.世の中に恥知らずの存在しないことがありうるだろうかと.ありえない.それなら,ありえぬことを求めるな」と警句を発し,プラトンは「自分が人から笑われる愚行を演じないためにも,喜劇を見ておく必要がある」と述べた.
人間の愚かさに絶望するのではなく,それを容認しながら手を焼き,付き合うべきとした「眼差し」は,批評眼でありながら同時にユーモア的.類型化された性格に見出された,愛すべき個性を見逃していない.面白いことに,一つ一つの人物スケッチは,古代ギリシアの人物としても,現代人としても容易に想像を描くことができる.体系的ではなく気ままに書き連ねているのがいい.
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Title: ΧΑΡΑΚΤΗΡΕΣ
Author: Theophrastus
ISBN: 4003360915
© 1982 岩波書店