▼『華氏451度』レイ・ブラッドベリ

華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)

 焚書官モンターグの仕事は,世界が禁じている“本”を見つけて焼き払うことだった.本は忌むべき禁制品とされていたのだ.人々は耳にはめた超小型ラジオや大画面テレビを通して与えられるものを無条件に受けいれ,本なしで満足に暮らしていた.だが,ふとした拍子に本を手にしたことから,モンターグの人生は大きく変わってゆく…SFの抒情詩人が,持てるかぎりの感受性と叡智をこめて現代文明を諷刺した不朽の名作――.

 物が着火し燃え始める温度「華氏451度」.レイ・ブラッドベリ(Raymond Bradbury)は,20世紀初期に登場した映画が人々の心を掴み,続いてラジオやテレビが人々を魅了した,と書いた.メタファーに満ちた文体で「SF界の抒情詩人」と呼ばれたブラッドベリの諷刺は,刺激的で安易な情報にさらされ続けると,人間性はかくも低俗化していくということだった.その後の大衆の心をつかむことは,必然的に短絡化につながるものとした.

火の色は愉しかった.ものが燃えつき,黒い色に変わっていくのを見るのは,格別の愉しみだった.真鍮の筒さきをにぎり,大蛇のように巨大なホースで,石油と呼ぶ毒液を撒きちらすあいだ,かれの頭のうちには,血液が音を立て,その両手は,交響楽団のすばらしい指揮者のそれのように,よろこびに打ちふるえ,あらゆるものを燃えあがらせ,やがては石炭ガラスに似た,歴史の廃墟に変えさせるのだった

 ヴァーチャル「家族」との団欒ごっこ,スクリーンから垂れ流される低劣な番組,イヤホン「海の貝」が差しこまれた受動的な耳――焚書官モンターグは,書物の真価に気づき,反逆者として逃亡の身に墜ちる.レジスタンス組織に入り込むことが許されたモンターグが出会ったのは,古今の名著を「1人1冊」ずつ暗記し,高らかに斉唱する「ブックマン」たち.ジェーン・オースティン(Jane Austen)『高慢と偏見』,ニッコロ・マキャヴェッリ(Niccolò Machiavelli)『君主論』,プラトン(plato)『国家』.

 本書は,マッカーシズムの「赤狩り」の時代に著された.ブラッドベリマルキストではないと考えられるが,「自由」「尊厳」の象徴としての"書物"を攻撃する「第四の権力」――マスメディア――に嫌悪感を抱き,本書を構想したものと思われる.「記憶」による伝承という普遍の価値に気付く未来人の姿を通じて,人間性と英知の共存を思索する核心を訴える.ディストピアに対抗する要素としての古典的借景が完成された作品である.

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Title: FAHRENHEIT 451

Author: Ray Bradbury

ISBN: 4150401063

© 1975 早川書房