▼『美しい日本の私』川端康成

美しい日本の私 (講談社現代新書)

 雪,月,花に象徴される日本美の伝統は,「白」に最も多くの色を見,「無」にすべてを蔵するゆたかさを思う.美の真姿を流麗な文章にとらえた本書は,ノーベル賞受賞記念講演の全文に,サイデンステッカー氏による英訳を付した,日本人の心の書である――.

 本人の心情の本質を描いた,非常に繊細な表現による彼の叙述の卓越さに対して――1968年,69歳の川端康成に対するノーベル文学賞授章理由である.ストックホルムでの授賞式には,川端は慣例の燕尾服ではなく,紋つき羽織袴の正装で文化勲章を掛けて臨んだ.エドワード・G・サイデンステッカー(Edward George Seidensticker)の『雪国』翻訳が受賞に貢献したとして,川端は賞金の50%をサイデンステッカーに贈った.

「山水」といふ言葉には,山と水,つまり自然の景色,山水画,つまり風景画,庭園などの意味から,「ものさびたさま」とか,「さびしく,みすぼらしいこと」とかの意味まであります.しかし「和敬清寂」の茶道が尊ぶ「わび・さび」は,勿論むしろ心の豊かさを蔵してのことですし,極めて狭小,簡素の茶室は,かへって無辺の広さと無限の優麗とを宿してをります.1輪の花は100輪の花よりも花やかさを思はせるのです

 受賞記念講演の全文もサイデンステッカーが英訳を担当したが,原稿の完成が遅れて肝を冷やしたという.『雪国』『千羽鶴』『古都』が国際的にみた川端文学の代表作である.日本人の心の精髄,すぐれた感受性,四季折々から来る風流韻事――それらを神秘的に格調高く文学で認識する川端は,「父祖の血が幾代かを経て,一輪咲いた花」と自称した.

 北条泰時から700年続く家系に誇りを抱く祖父の影響を受け,日本的精神伝統の根本にある死生観や虚無感は,道元禅師,明恵上人,良寛,一休禅師らの歌から読み解くことができる.また伊勢物語から源氏物語古今集から新古今集へと変遷する日本の森羅万象についての観念は,近現代の文学の神髄となっているものと,世界に語りかける.壮大な心情の豊饒たる凝縮が圧巻である.

 古今東西の美術に博識の矢代幸雄博士も『日本美術の特質』の一つを『雪月花の時,最も友を思ふ.』という詩語に約められるとしています.

 雪の美しいのを見るにつけ,月の美しいのを見るにつけ,つまり四季折々の美に,自分が触れ目覚める時,美にめぐりあふ幸せを得たときには,親しい友が切に思はれ,このよろこびを共にしたいと願ふ,つまり,美の感動が人なつかしい思ひやりを強く誘い出すのです.

 この『友』は広く『人間』ともとれませう.

 また『雪,月,花』といふ四季の移りの折々の美を現す言葉は,日本においては山川草木,森羅万象,自然のすべて,そして人間感情を含めての,美を現す言葉とするのが伝統なのであります

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原題: 美しい日本の私―その序説

著者: 川端康成

ISBN: 4061155806

© 1969 講談社