▼『旧制高校物語』秦郁彦

旧制高校物語 (文春新書)

 旧制高校で過ごした青春の一時期を懐かしさをこめて語るOBたちは多い.その廃止は日本の国家・社会にとって大きな損失だったと憤る声も聞こえる.しかし,制度がなくなってから半世紀,旧制高校について知る人は年々少なくなるばかりだ.各校ごとの校風の違い,創設時の事情,入学・卒業人数,入試合格難易度,軍事教練や左翼運動をめぐる事件,変わった卒業生等々について詳細に調べ,その実態をあざやかに復元した異色の歴史ノンフィクション――.

 高知高等学校卒,教育課程審議会会長を務めた三浦朱門は,旧制高校を「大日本帝国の贅沢品」と評した.100人に1人でいいので,エリートが「その他大勢」を牽引し,バカはせめて実直な精神だけは養っておけばいい,という暴論を吐いた知識人の念仏の続き.イギリスのパブリックスクール,フランスのリセ準備級,ドイツのギムナジウムに相当する日本の特権的教育機関が,旧制高校だった.

 1886年に第一高等中学校の創立が決まったのを皮切りに,学制改革によって1950年に廃止されるまで38校が設立された.旧制高校は,21万5,000人の卒業生を送り出している.大学進学率が1%の時代に,エリート層揺籃の場として旧帝国大学文科・理科に無条件で進学できるという精鋭が,レッセ・フェールを謳歌する自由.高下駄,羽織袴に汚れた腰手拭で,夜は寮内で高吟放歌.そんな連中が,仏独の哲学の原典を自主的に読破するほどの教養を磨いた.

 ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の負うべき義務)が,上流階級の子弟に植え付けられるパブリックスクールにおいて,自由の精神が厳格な規律の中で育まれることを主張した池田潔のいう「最も規律があるところに自由があり,最も自由なところに規律がある」.旧制高校にもそれに近い闊達さはあった.さらに本書は,自治,自由,質実剛健などの校風を有した全国各地の「地方における最高学府」(地方大学)としての旧制高校の沿革小史となっている.

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原題: 旧制高校物語

著者: 秦郁彦

ISBN: 4166603558

© 2003 文藝春秋