7割は休んでいて,1割は一生働かない.巣から追い出されるハチ,敵前逃亡する兵隊アリなど「ダメな虫」がもたらす意外な効果.身につまされる最新生物学――. |
アリやハチなどの社会性昆虫(真社会性生物)は,人間社会と共通する軋轢や規律をもって動き,コロニーの機能を維持している.本書は,観察と理論解析,DNA解析の知見をもつ進化生物学者が,集団社会の「維持装置」となっているアクターの意思決定を,人間社会に擬えて解説する.
「血縁選択」「群選択」「長期的適応度」の観点からの説明は難解な部分もあるが,「7割は休んでいて,1割は一生働かない」というアリの個体(ワーカー)からなる集団の存在意義は興味深い.繁殖と生産を当然とするコロニーにおいては,それらの最大効用が必ずしも狙われていない可能性がある.放埓に見える7割のアリも,「必要性」を感応すれば労働を始める.その感受性の鋭敏さが,労働者と無為者の分水嶺となっているという研究成果は,溜飲を下げる.
組織社会に待機要員を豊富に備えていることが,有益なアルゴリズムを構築している.そのような示唆を社会に提示するこの領域のような研究こそ,基礎研究の裾野ともいえる苗床か.適者生存の「適者」は,それを自然選択の「結果」とするには解釈の余地があると本書では指摘している.真社会性生物の行動システムを論じるにあたり,進化論が不磨の大典でないことを訴える科学者としての姿勢に好感がもてる.
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原題: 働かないアリに意義がある―社会性昆虫の最新知見に学ぶ、集団と個の快適な関係
著者: 長谷川英祐
ISBN: 9784840136617
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