▼『ブッタとシッタカブッタ』小泉吉宏

ブッタとシッタカブッタ (心の運転マニュアル本)

 ギターの弦は張りすぎると切れ,ゆるめすぎると変な音になる.心も無理やり運転しようとしても苦しいし,ほったらかしでもろくな事にはならない….自分を運転するあなたに贈る,心の運転マニュアル本――.

 執から解き放たれ,心は張り詰めすぎず,撓みすぎない弦のように保たれた時,平安が訪れる.ナイランジャー川のほとりの菩提樹の下で,釈尊はその真理に到達したという.マーラ(魔神)の誘惑を退けることができた時,49日間の観想は涅槃の道を得た.

 本書は,気楽に読める4コマ漫画で心の迷いを「発見」し,洞察することをわかりやすく説く.平安の微笑みをもって,いつしか罪業も恩寵も時空間も,生と死も煩悩もあらゆる包摂であり〈梵〉であると説く聖人に誰しも近づけるのだろうか.

 読者の代弁者は,煩悩に悩むブタの「シッタカブッタ」.彼に指導を与えず示唆を含める「ブッタ」の態度.それらは娯楽的でもあり,しかし現実のありのままの姿(実相)を比喩的に示す.強迫的な道徳観は,自己と他者が「~せねばならない」「~であるべき」という思い込みにとらわれることを必然化する.

 宗教的な説得を前面に出すことは避けた本書だが,全体的なトーンは「ありのまま」と「無為」が真理に近づくとして,きわめて道教的で実存的.著者は,不惑の年に本書を出版した.シンプルで愛嬌のある絵柄と,コピーライターの経験から培われた簡素で印象的な言葉は,見事な一致で,人の心中に立ちのぼる陽炎を掴みだしている.

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原題: ブッタとシッタカブッタ

著者: 小泉吉宏

ISBN: 4889912762

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