キリスト教と文明の名の下に新世界へ馬を駆って乗込んだ征服者=スペイン人たち.一五四二年に書かれたこの『簡潔な報告』は,搾取とインディオ殺戮が日常化している植民地の実態を暴露し,西欧による地理上の諸発見の内実を告発するとともに,この告発によって当時の西欧におけるユマニスト精神潮流の存在を証している――. |
インディアスを植民地とするため,大勢のスペイン人キリスト教徒がエスパニョーラ島,サン・フワン島,ティエラ・フィルメに上陸した.1492年のアメリカ大陸発見からおよそ半世紀.素朴で謙虚,温和な性質をもつインディオの虐殺を,キューバに赴き布教活動を行ったラス・カサス(Bartolome de Las Casas)は見た.ヨーロッパの戦争では若者や女性を殺害しないキリスト教徒が,インディオに対しては老若男女を問わず残虐に殺戮していく.裸同然,竹槍合戦でしか武力行使できないインディオが,キリスト教徒征服者(コンキスタドール)の武装に敵うわけがない.
「なんという邪悪な人たちだ.どうしてわれわれを殺すのだ.われわれが何をしたというのだ」――本書において,繰り返しインディオの叫びが記されている.西インド諸島のエスパニョーラ島には,約300万のインディオがいたが,17世紀中に全滅.また,カリブ海の西インド諸島は,約1,300万人のインディオがいた.彼らは18世紀にはすべて嬲り殺された.ラテンアメリカ広域で,執拗に繰り返された虐殺は,屠畜よりも惨たらしいものだった.各地で断末魔の苦悶は繰り返されたのである.
スペインのある司令官は,エスパニョーラ島のインディオ王の后を強姦した.兵士は妊婦の腹を切り裂き,幼子を溺死させ,部族の民を生きたまま火炙りにし,拷問具を用い,あるいは獰猛な猟犬に食い殺させた.これらが繰り広げられる光景を,司祭としてインディアスに赴任していたラス・カサスは「つぶさに目撃した」と本書に記録.嗜虐者のキリスト教徒を「人類を破滅に追いやる人々」「人類最大の敵」と峻烈に非難している.先住民を財産として植民者に分配する制度(レパルティミエント)にも,廃止を表明していたラス・カサスだが,黒人奴隷については肯定していた.晩年は,ヒューマニティの見地から奴隷制度そのものへの考えを改めている.
カルロス5世(Carlos V)へ上申した本書は,政治的に利用され,国際政治の駆引きに使われることになる.すなわち,国内ではスペイン人の名誉を失墜させたと批判され,敵対国オランダやイギリスなどでは,対スペイン戦火の大義名分に攻撃的に引用された.本書は,酸鼻をきわめるインディオ虐殺の模様が,感情的なまでに並べ立てられる.プロパガンダと反プロパガンダというラス・カサスの毀誉褒貶は,言い換えれば,異種族や異なる立場の存在に対する暴虐の本質を証しているのである.
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Title: BREVÍSIMA RELACIÓN DE LA DESTRUCCIÓN DE LAS INDIAS
Author: Bartolomé de las Casas
ISBN: 9784003342718
© 1976 岩波書店