▼『八月の光』ウィリアム・フォークナー

八月の光 (新潮文庫)

 臨月の田舎娘リーナ・グローヴが自分を置き去りにした男を求めてやってきた南部の町ジェファスン.そこでは白い肌に黒い血が流れているという噂の中で育ち,「自分が何者かわからぬ」悲劇を生きた男ジョー・クリスマスがリンチを受けて殺される…素朴で健康的な娘と,南部の因習と偏見に反逆して自滅する男を交互に描き,現代における人間の疎外と孤立を扱った象徴的な作品である――.

 部社会の深層を実験的手法〈意識の流れ〉で提示したウィリアム・フォークナー(William Faulkner)は,本書の題名を「暗い家」としようと考えた.8月のミシシッピ州には,異教的な光の暗示とも表現される強い光が,稀に差し込んでくるという.そのような光について妻の感想を聞いた後,フォークナーは原稿の題名を「8月の光」と書き直した.

 本書は,ミシシッピ州の架空の土地「ヨクナパトーファ郡ジェファソン」を舞台にした小説(5作目)となっている.ジェイムズ・ジョイス(James Augustine Aloysius Joyce)の自然主義的リアリズムに影響を受け,偏見,暴力,頽廃といった南部社会ミシシッピの精神史を書き続けた.土着的な人間社会の軋轢.ヨクナパトーファ・サーガでは,本書タイトルのような象徴的役割が生命力を保つ.

 独学でイギリスの世紀末文学やフランス象徴詩に学んだフォークナーの特異な文体,人間観がそこにはある.恋人を追い求め,長い旅をしてきた若い身重の女性リーナ.自らの人種的アイデンティティに疑念をもち,破滅の生涯を歩む男クリスマス.対照的な2人の彷徨を軸に,「人間の移りゆく主観的意識」が三人称の文体に侵入する〈意識の流れ〉,時系列の不統一,多彩なテラーが混然として文章化されており,21の章を追うに従って物語は収斂していく.

 それらが複雑に交錯するヨクナパトーファの系となり,サーガの小宇宙を構成している.「8月の光」とは,アサイラムの象徴というだけではない.大衆誌を熟読してミス・バーデンを殺害する意図を固めるクリスマスが,目を上げると,目眩い光が彼の視界を覆った.過去と現在の退廃,災禍を射す数少ない直接描写である.

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Title: LIGHT IN AUGUST

Author: William Faulkner

ISBN: 4102102019

© 1967 新潮社