▼『シャルリとは誰か?』エマニュエル・トッド

 二〇一五年一月の『シャルリ・エブド』襲撃事件を受けてフランス各地で行われた「私はシャルリ」デモ.「表現の自由」を掲げたこのデモは,実は自己欺瞞的で無自覚に排外主義的であった.宗教の衰退と格差拡大によって高まる排外主義がヨーロッパを内側から破壊しつつあることに警鐘を鳴らす――.

 ハンマド(Muḥammad)のカリカチュアを掲載した左派寄りの新聞社「シャルリー・エブド」は,イスラム過激派により2015年1月7日襲撃を受け,警官2人や編集長,風刺漫画の担当者やコラム執筆者ら12人が殺害されている.6日後の1月13日,フランス首相(当時)マニュエル・ヴァルス(Manuel Valls)は,「テロとの戦争」を宣言すると同時に,「世俗主義と自由のために戦う」旨を述べた.

「私はシャルリ」というロゴが黒字に白で描かれ,テレビ画面に,街頭に,レストランのメニュー表に溢れた.子供たちが中学校から帰宅すると,その手にはCの文字が書かれていた.7,8歳の子供たちが小学校の校門の前でマイクを向けられ,事件の恐ろしさと,諷刺する自由の重要性についてコメントさせられた.政府が教育上の処分を布告した.高校生が政府の決めた1分間の黙祷を拒否すると,それがどんな拒否であろうとも一律に,テロリズムの暗黙の擁護,および国民共同体への参加の拒否と解釈された

 「表現の自由」を掲げた“私はシャルリ”デモがフランス各地で発生すると,これは反イスラム感情と潜在的反ユダヤ主義に特徴づけられるフランス人多数派の排外主義であることをエマニュエル・トッド(Emmanuel Todd)は見抜く.彼は,人口統計による定量化に基づく共同体家族システムを論じる歴史人口学者・家族人類学者である.西欧の基本的な家族型は,絶対核家族,平等主義核家族,直系家族,外婚制共同体家族の4種であると,1990年『新ヨーロッパ大全』で提示しているが,4種の家族構造をすべて持つのはフランスだけであることを論じていた.

 本書においても,パリ盆地とプロヴァンス核家族に由来する平等主義,一方ノルマンディーやブルターニュ等の周縁地帯は,直系家族主義であると違いを説明する.伝統的なカトリックが形骸化している直系家族主義の地域では,カトリックサブカルチャーが残存形態として生き延び,人類学的・社会学的な影響力をもつ.この現象を,トッドは人口学者エルヴェ・ル・ブラーズ(Hervé LE BRAS)と共同で「ゾンビ・カトリシズム」と名付けている.極右勢力は,オランド政権から“私はシャルリ”400万人のデモに加わることを許されなかった.

 カトリックの衰退をみせる地域の選挙民は高学歴で高齢,社会党支持層でありながら,マーストリヒト条約に賛成し,保守的右派以上に弱者に冷淡な中産階級.それがライシテ(世俗性)に粘着しながら,フランス革命以来の自由・平等・友愛という原則を尻目に,反イスラム感情と潜在的反ユダヤ主義の積極的役割を果たしつつある.多文化共生という価値観では収めることのできない分析視角をもって,フランスの政治的・社会的病巣を論じる点が興味深い.本書では,将来的には普遍主義の最終的勝利を予言しているが,不平等主義的価値観に根ざして排除の論理を受け入れる差異主義的共和主義(ネオ共和主義)の不寛容の時代は続くことを前提とするのだ.

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Title: QUI EST CHARLIE?

Author: Emmanuel Todd

ISBN: 9784166610549

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