▼『知の旅は終わらない』立花隆

知の旅は終わらない 僕が3万冊を読み100冊を書いて考えてきたこと (文春新書)

 立花隆は巨大な山だ.哲学,政治,脳,宇宙,生命科学,歴史,音楽,美術,神秘思想,宇宙,がん….むさぼり読んで書きに書いた膨大な仕事と,その人生を初めて語った――.

 靭な知的探求心と旺盛な行動力.多彩な題材に対峙する取材と執筆にかける膨大なエネルギーは,群を抜いていた.時の最高権力者を退陣に追い込んだ『田中角栄研究―その金脈と人脈』では,政治資金報告書,新聞・雑誌記事,大蔵省「財政金融統計月報」,国会議事録を調べ上げ,保守政党の資金工作を暴露する一方,ほぼ同時期に『日本共産党の研究』で左翼陣営の醜態を糾弾する.サイエンス分野では『宇宙からの帰還』『脳死』『臨死体験』『精神と物質(利根川進と対談)』で論争的なトピックを豊富に提示し,近現代史(『天皇と東大』),霊長類学(『サル学の現在』),進化論(『100億年の旅』シリーズ),先進医療(『がん 生と死の謎に挑む』)などの著作もそれぞれ印象深い.

 文理を問わず融合的あるいは学際的な好奇心は,無秩序に発生したものと見なされ,各々の専門領域から批判もしばしば招き,独断と偏見に陥っている部分も否めない.しかし,ジャーナリストとしての思索と行動の原点は「我々はどこから来たのか,我々は何か,我々はどこへ行くのか」といった点にあり,また帰着することが立花隆の自伝で読取れることだ.活動のすべては"インベストゲート"精神に貫かれ,徹底した反権力志向・反迎合主義であったことが伝わってくる痛快な筆致.俗説や詭弁から欺瞞を見破り,真の命題を論証する思考力と判断力を磨いたのは,学生時代からの膨大な読書量であった.

 東大ドストエフスキー研究会で考察したニコライ・ベルジャーエフ(Николай Александрович Бердяев)の実存思想,またルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(Ludwig Josef Johann Wittgenstein)『論理哲学論考』で結論とした「語りうることはすべて明晰に語りうる」「語りえないものの前では沈黙しなければならない」.1970年代前半,立花は中東を遍歴し「テルアビブ事件――赤軍派が実行したテロ事件――実行犯で唯一の生存者岡本公三の獄中インタビューに成功している.そのインタビュアーとしてのスキルの高さは見事で,心を閉しがちの岡本から深い主観的吐露を引き出している.この頃,立花が好んでいた言葉はバールーフ・デ・スピノザ(Baruch De Spinoza)〈永遠の相の下に(sub specie aeternitatis)〉.

 日常的な現象世界の背後にある唯一,無限,永遠の相(実体)が存在し,それを「神=自然」のもとにおける「万物の認識」を説いたスピノザに共感したのである."永遠の相"を真の認識として見た場合,いかなる権威も名声も功績も,時と共に必ず衰退し滅亡することは避けられない.中東の砂に埋まる遺跡を眺め,かつては栄華を誇った権力の虚しさを深く実感した体験をもとに,立花は政治,科学,思想を縦横無尽にむさぼるジャーナリストの道を誰も真似ず開拓して見せたのである.その根源は西洋哲学の思想からきており,晩年にはそれを強く自覚していたようだ.いくつもの著作出版計画は未完に終わったが,最後の著作としたかった本は,題名も決まり冒頭20行ほどは書き始められていたという.その題名は『形而上学』であった.

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原題: 知の旅は終わらない―僕が3万冊を読み100冊を書いて考えてきたこと

著者: 立花隆

ISBN: 978-4-16-661247-5

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