▼『ドウエル教授の首』アレクサンドル・ベリャーエフ

ドウエル教授の首 (1969年) (創元推理文庫)

 パリのケルン教授の助手に雇われたマリイは,実験室内部の恐ろしい秘密を発見した.人間の首,それも胴体から切り離された生首だけが,まばたきをしながらじっと彼女を見つめているではないか!それは,つい最近死んだばかりの有名な外科医ドウエル教授の首だった.しかもパリ市内では,最近つぎつぎと不可解な事件が続発しはじめていた.ソヴェトSF界の水準を示すベリャーエフの古典的名作――.

 シアのSF小説は,ファンタスチカと呼ばれ,国内人気が高いジャンル.ソ連ポーランドなど,共産圏のSFがいち早く邦訳され輸入されてきたのは,ソ連の政治体制からくるイデオロギーへの理解という一側面があったからだろう.翻って英米のSF界では,ヒロイック・ファンタジー,冒険SFへの回帰が礼賛された時期が目立つ.

 本書は,生体実験や臓器移植,人間改造などユニークな科学技術的発想を,大衆受けする通俗的なプロットで提示したアレクサンドル・ベリャーエフ(Aleksandr Beliaev)の代表作.試験管の中で,生首だけとなった外科医ドウエル教授が生き続け理知的に会話する.この不気味なホラー風味が魅力的な前半に比べ,逞しい青年がマッドサイエンティスト,ケルン教授を追い詰める後半の勧善懲悪劇は平凡でしかない.ここに予見や警句は読み取ることはできない.

 ベリャーエフは1915年,突然脊椎カリエスを発症.6年間,全身不随で寝たきりとなった.回復後,雑誌『探検世界』に掲載された処女作が「ドウエル教授の首」であり,ソ連初の専業SF作家としてスタートを切った.“ソ連ジュール・ベルヌ”と呼ばれ,ソビエトSFの創始者として今日では重要な位置を占める作家となるが,生前時は「荒唐無稽」「非科学的」と冷遇された.

 勤労人民を社会主義に向かって思想的に改造し,教育する社会主義リアリズム体制での文学や芸術には,そぐわないと判断されたのも無理はない.ベリャーエフは1942年,ナチス占領下のプーシキンで死去した.死因は不明.ナチスは遺稿と資料を求めたが,それは隣家の屋根裏に隠されていたという.

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Title: GLOVA PROFESSORA DOUELYA

Author: Aleksandr Beliaev

ISBN: 448863401X

© 1969 東京創元新社