原発再稼働の可否を決め,死刑宣告をし,「一票の格差」について判断を下す―裁判官は,普通の人には想像できないほどの重責を負う.その重圧に苦悩する裁判官もいれば,個人的な出世や組織の防衛を優先する裁判官もいる.絶大な権力を持つ「特別なエリート」は何を考え,裁いているのか――. |
近代民主主義の基本原則の一つ,政府の権力を三つの独立部門に分ける「三権分立」において,「司法権」は司法制度を運営する権力機構であり,裁判所や裁判官が持つ権限を指す.司法権の主な役割は,法律を適用し,個々の事件や紛争を解決し,公正な裁判を行うことである.立法権は法律制定,行政権は法律を執行するのに対し,司法権は法律を解釈・適用し,法の下で個別の案件を審理する.
これらの権力が独立していることで,おおむねバランスが取れ,権力の乱用や不当な支配を回避することが期待されている.現実には「判決と国民感情の乖離」「裁判所に対する不信感」が指摘されることもしばしばあり,最高裁を頂点とした官僚機構によって強力に統制され,政治への忖度で判決を下す裁判官たちの存在が指摘されている.裁判官は原発再稼働の可否や死刑宣告など,重要な判断を下す責任があり,これらの決定は一般人には想像し難いほどの重圧を伴う.
裁判官もまた弱さを抱え持つひとりの人間であり,組織として見た裁判所は,思いのほか権威に弱い.そして,人事権と予算査定権を立法府と行政府に握られている最高裁は,モンテスキューが『法の精神』で示したほどに,三権分立の理念を実践できていない
社会に大きな影響を与える問題を裁判官がどのように判断しているのかについて紹介されている.著者は,裁判官たちが普通の人間でありながらも,普段想像できないほどの重責を負っていることを強調している.裁判官たちが重圧に苦しむ一方,個人的な出世や組織の防衛といった人間的な欲望に直面する姿も描かれており,裁判官としての公正さと個人としての欲求とのバランスを描いた部分は特に興味深い.裁判官も自己の立場やキャリアの発展,組織の安定を考慮することがあるという事実は否定できない.
本書は,裁判官たちが直面する複雑なジレンマや苦悩を描写しており,裁判官の実像に迫ろうとする.また「特別なエリート」としての裁判官たちが,一般市民との距離や認識の違いによる心の葛藤についても興味深く掘り下げられている.本書は,裁判官という職業に対する新たな視点を提供し,彼らの決断の背後にある複雑な思考と心情について考えさせる.裁判官の役割と人間性に対する新たな考えを促すきっかけを提供してくれるだろう.
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原題: 裁判官も人である―良心と組織の狭間で
著者: 岩瀬達哉
ISBN: 978-4-06-518791-3
© 2020 講談社