▼『日本の弓術』オイゲン・ヘリゲル

日本の弓術 (岩波文庫)

 的にあてることを考えるな,ただ弓を引き矢が離れるのを待って射あてるのだ,という阿波師範の言葉に当惑しながら著者(1884‐1955)は5年間研鑽を積み,その体験をふまえてドイツに帰国後講演を行なった.ここには西欧の徹底した合理的・論理的な精神がいかに日本の非合理的・直観的な思考に接近し遂に弓術を会得するに至ったかが冷静に分析されている――.

 術は,論理的ではない極意を内包しつつ発展してきた修練である.オイゲン・ヘリゲル(Eugen Herrigel)の語「不動の中心」は,精神的な鍛錬を積んだ「射的」を弓矢の外形にとらわれぬポテンシャルを総評したものだろう.1924年から1938年まで日本に滞在していたヘリゲルは,ドイツ観念哲学バーデン学派に属する哲学者で,滞日中に東北帝国大学でカント論を著してもいる.しかし,建築家ブルーノ・タウト(Bruno Julius Florian Taut)と並び,和の美徳や文化を禅,武士道に求め西欧に紹介した功績で著名.

 中島敦の『名人伝』に,「不射の射」という弓術の神髄が登場する.ヘリゲルは,それと同じ体験を弓聖・阿波研造東北帝国大学弓術師範)の指導で体感する機会に恵まれた.その記述が,本書の中でも存在感を放っている.暗闇の中,師は線香の微弱な火に向かい,発止と初発の矢を射る.火は消えた.矢は命中したのである.次の矢を闇に射る.弟子が二本の矢を改めると,果たして一本目の矢は線香の中心を射抜き,二本目の矢は件の矢を中心から裂いていた.

一本目の矢が当たったのはさほど見事な出来映えでもない,とあなたは考えられるであろう.それだけならばいかにももっともかも知れない.しかし二本目の矢はどう見られるか.これは私から出たものでもなければ,私があてたものでもない,この暗さで一体狙うことができるものか,よく考えてごらんなさい.それでもまだあなたは,狙わずにはあてられぬと言い張られるか

 ヘリゲルは,日本民族の特長的傾向は「直観」と見抜いていた.弓を引き絞り,照準を狙い定める精度を高めて放たれる矢が,目標に達する.このように考えるヘリゲルは,徹底した合理主義を弓術に応用しようとした.それでは熟達できぬと導く師は,弦を引くのに力を抜き,矢が自然に離れていく瞬間を待つことを至りとする.合理的思考からは導き得ない成果である.不動の中心の本質は,「神秘的修練」であると感応したヘリゲルは,それを哲学的に考察を試みる.

 鈴木大拙の論に学んだ「禅」と弓術の射的の精神の探究である.それは『弓と禅』にまとめられた.東洋の精神性を,主として弓と禅から体得し,後に論理的解釈を施そうとするヘリゲルの挑みは,日本的な直感的思考から逸脱するものであったかもしれない.しかし病苦で死期が近いことを悟ったヘリゲルは,自ら膨大な原稿を焼却してしまった.そのため,西欧の論理主義者がおそらく飛躍的に到達していたであろう魂の秘録は,誰の目に触れることもなく消失した.

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Title: DIE RITTERLICHE KUNST DES BOGENSCHIESSENS

Author: Eugen Herrigel

ISBN: 9784003366110

© 1982 岩波書店