▼『正史 赤穂義士』渡辺世祐

正史赤穂義士

 史実は小説よりもおもしろい.赤穂義士の決定版!赤穂義士の真実の「姿」が,「心」が浮び上ってくる.史学の権威,文学博士渡辺世祐の遺稿をまとめたものを,昭和40年当時の中央義士会専務理事井筒調策が校訂した――.

 渡戸稲造『武士道』に「恥はすべての徳,善き道徳の土壌」とある.恥を忍ぶことで,不埒な振る舞いへの怒りを徴する.国民的人気を呼ぶ筋書きは,様々なメディアで共感と復興を呼び起こし,ルネッサンスリバイバル様式といえるものであった.戦後GHQは,元禄赤穂事件の芝居・催しを禁じ,敵討ち関連演目の上演を禁止.クーデターの話は国民を扇動すると警戒したためである.

 規制されていた「忠臣蔵」のタイトルが戦後初めて使われた映画は,八代目松本幸四郎大石内蔵助滝沢修吉良上野介を演じた 「忠臣蔵 花の巻・雪の巻」(1954)であった.赤穂浪士(牢士)と親しまれていた義挙の士は,義士と評して違和感がない.応永,文安時代に「喧嘩両成敗法」の起源があり,喧嘩や私闘には理の如何を問わず,双方を処分,断罪すると定められていた.元禄14年3月14日勅使饗応役の播州赤穂藩主・浅野内匠頭長矩が江戸城“松の廊下”で高家吉良上野介義央に斬りかかるという刃傷沙汰.江戸城の渡殿での不祥事は,前代未聞であった.

 浅野は奥州一関藩・田村右京太夫邸で即日切腹,お家断絶となったが,吉良は御構いなしという処断を幕府は下す.儀式典礼の指南役という重職が,吉良を防護する権力者を動かしたのではなかっただろうか.播磨国赤穂藩国家老・大石内蔵助は120名の同士を率い,離脱者も続出し最終的に47名が幕府の不公平処罰に抗議した.吉良邸に討ち入り,首級を挙げ浅野の墓前に供える.ここでの葛藤と決意は,物語のハイライトで名高い.しかし,本書の記述はあっけない.それは歴史書とは浪漫に傾くものでないということに尽きる.

 江戸時代の写本,伝写記録で主観的な「演義」と化した「忠臣蔵」を,福本日南翁『元禄快挙真相録』三田村玄龍『元禄快挙別録』などの基礎文献を批判的に検証し,同時に義士の遺書,関係者の手稿,幕府の文書といった一次史料を駆使して義士の内実を論じている.史実の背後から浮上してくる恥と道徳の両義からなる悲哀.それが導き出されている点で,本書は優れた歴史研究の成果であり文献である.ただし,巻末に参考文献一覧が付されていないことが惜しい.

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原題: 正史 赤穂義士

著者: 渡辺世祐

ISBN: 4875381174

© 1998 光和堂