▼『スウィフト考』中野好夫

スウィフト考 (岩波新書 青版 718)

 鋭い諷刺で名高いアイルランド出身の作家スウィフト.出生の奇説をはじめ,傑作『ガリヴァー旅行記』を生み出した構想力,またそれと平行してイギリス本国政府のアイルランド政策に対してふるった糾弾の筆致,さらに謎の女性ステラとの関係等々,複雑で矛盾を極めたスウィフトの多面的な性格と行動をあますところなく描く――.

 ョナサン・スウィフト(Jonathan Swift)『ガリヴァ旅行記』は,ウォルポール内閣の政治や,トーリとホイッグ,英仏の絶えざる政争などが諷刺されていることから,大衆の怒りを買うことを恐れ,出版社ベンジャミン・モットが大幅に改変を施した上で1726年に出版された.出版には,古典主義詩人アレキサンダー・ポープ(Alexander Pope)の助けを借りている.

 本書は,『ガリヴァ旅行記』を名文で訳した中野好夫による,スウィフト紹介の評伝的エッセイ.船員レミュエル・ガリヴァの漂流記に仮託されていたのは,文明国を自認して取り澄ましていたイギリス人の下劣さ,イギリス政界,ダブリンの聖パトリック教会に対する徹底した厭世観であった.そのスウィフトの出生自体に奇説,新説入り乱れて判然としない.ばかりか,スウィフト本人が生年月日を改竄,抹消の跡があって尋常ではない.

 人間の恥部,弱点を容赦なく暴くスウィフトは,偏屈を隠そうともしなかった夏目漱石を仰天させた.漱石は英文学講義録『文学評論』でスウィフト論に最大の分量を割いている.この英文学史の生んだ「最も不愉快な文学」産みの親を評した,中野の一言に真実がある.「鋭い寸鉄殺人的諷刺の機鋒をほしいままにした稀有の知性」.奇人を放縦に論ずる遊び心がゆるされた本書のような形式の本にこそ,著者の眼識が滲み出ている.

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原題: スウィフト考

著者: 中野好夫

ISBN: 4004140099

© 1969 岩波書店