▼『白い病』カレル・チャペック

白い病 (岩波文庫)

 戦争目前の世界で,突如「雪崩のように」流行り始めた未知の疫病.大理石のような白い斑点が体のどこかにできたが最後,人は生きながら腐敗してゆく.そこへ特効薬を発見したという貧しい町医者が現れたのだが‥‥死に至る病を前に,人びとは何を選ぶのか?1937年刊行の名作SF戯曲が,現代の我々に鋭く問いかける――.

 ァシズムの成立には,単に独裁者の個人的な責任だけでなく,むしろ行動の結果としての責任が政治指導者に帰属し,「正義」を掲げて「敵」を排除,集団への帰属感を追求する「群衆」の存在が不可欠な要素となる.カレル・チャペック(Karel Čapek)は第一次世界大戦中,スパニッシュ・インフルエンザと飢餓の広がる東欧チェコ――当時はオーストリアハンガリー二重君主国の一部――で生活していた.第一次世界大戦中,スパニッシュ・インフルエンザの患者たちは,政治家や軍人から戦争の方が重要だとの指導を受けるなど,病気と戦争の優先順位についての欺瞞に巻き込まれた.

 チャペック自身も,1937年に執筆したが公表されなかった「作者による解題」で,「鉛の弾や毒ガスで命を落とした人よりも,スペイン風邪で亡くなった人の数のほうが多かった」と述べている.物語は隣国で侵略戦争を企てる独裁国家で,急速に感染する未知の伝染病〈白い病〉との苦闘を焦点とする.この病気は中国(ペイピン=北京)で初めて発見され,強力な感染力を持っているが,若者は感染しない.45歳以上の人々に感染,数ヶ月で死に至るとされ,既に500万人以上が犠牲となっている.この状況で,名もない町の医師ガレーンが現れ,特効薬の可能性を示唆し,その治療法のために臨床試験を行うことを求める.

鉛の玉やガスで人を殺してもいいとしたら……私たち医者は,何のために人の命を救うのか?子どもの命を救ったり,骨瘍を治療したりすることが……どんなにたいへんなことか……わかってほしい……にもかかわらず,すぐに戦争だという!医師として……銃やイペリットガスからも人々を守らなければならない

 しかし,その治療法は金持ちや権力者には提供されず,ガレーンは病気を武器として平和を迫る"ユートピア的な脅迫者"として扱われる.物語は,感染症と戦争,個人と集団,富や社会的地位の向上と平和主義との対立など,さまざまなテーマを絡ませ,第二次世界大戦の暗雲が迫る時代の不安や緊張感が作品に強く反映されており,パンデミックや特効薬といった今日的な言葉も見られる.物語は元帥の娘と男爵の息子というキャラクターを通じて希望の光を示し,理性的な判断が可能な一部の人々が存在することも示唆している.だが,その光は弱弱しい.

 この戯曲は,疫病や戦争といった極限状況の中で人々がどのような選択をするべきかという問いを提起するものだ.最終的に,ガレーンの死によって特効薬は失われ,元帥の指導力も消え,戦争の行方は終末論的な暗澹とした展開になだれ込む.この物語は,病気や戦争が国内で展開し,巨大な流れをつくり出す国家の政治力学,さらに社会に蔓延する不安,閉塞感,焦燥感の肥大化の結果として欲求不満や幻滅感をもたらすアノミー的視点から,社会的な脅威を警告している.旧チェコスロバキアの一部は,ミュンヘン会談でナチスドイツに割譲される運命をたどる.

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Title: BÍLÁ NEMOC

Author: Karel Čapek

ISBN: 978-4-00-327743-0

© 2020 岩波書店