▼『真珠』ジョン・スタインベック

真珠 (角川文庫 赤 157-8)

 貧しいメキシコインデアンの若い真珠採取人のキノ夫婦は,大きな真珠を採取したが,盗人におそわれ不安の日が続く.ついに真珠のために宝にも勝る最愛の赤子を失う.メキシコの伝説に取材した物語――.

 命 (Life),自由 (Liberty),財産 (Property).三権利を自然権として主張する古典的自由主義を彷彿とさせるメキシコの伝説を素材とする物語.機会の平等と公正を望むキーノ夫妻は,人間の悪意からくる災いを退ける力を持ちえていなかった.ひたすらに純朴であった夫妻のもとに,完璧なまるみをもつ海鴎の卵ほどの巨きさの真珠が転がり込んだ時,その財産は彼らの生命と自由を剥奪する凶運を招く.

真珠の抽出物は人間の抽出物と混り合い,妙にどす黒いおりが沈殿した.すべての人々がふいにキーノの真珠とつながりを持つようになり,キーノの真珠はすべての人々の夢となり,思惑の種となり,画策,計画,未来,願望,必要,切望,渇望となり,それを阻むただ一人の人物は,ほかならぬキーノその人だったので,彼は奇妙なことにすべての人々の敵となった

 ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン特派員になる前,ジョン・スタインベック(John Steinbeck)は煉瓦運びやペンキ塗り,果樹園労働など肉体労働者として辛酸を嘗めた.被搾取の立場の哀切,その悲痛な叫びは,『怒りの葡萄』『二十日鼠と人間』でなされる.幸福と展望ある未来の象徴として描かれる"真珠"は,それ自体に意志はないにもかかわらず,夫妻に災厄をもたらす.

 富と貧困,権力者と従属者,男性による「父権」と女性による保守的「母性」等の徹底的な対立事項を,単純化して破滅の物語に据え,その効果として,資本制以前の搾取が導いた悲劇を高らかに主張する.メキシコ先住民の伝承からのインスパイアであることも,その衝撃を強化している.『怒りの葡萄』で資本主義の残忍性を暴いたスタインベックは本書で,より原始的な「所有権」の側面を語っている.スタインベック文学作品において,分量的には短いが,それに比して読後の感銘は長編にも引けを取らないだろう.

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Title: THE PEARL

Author: John Steinbeck

ISBN: 4042157084

© 1996 角川書店