▼『武家義理物語』井原西鶴

 武士が主君のために信義を尽くすという義理の精神を中心に武士の理想像を描く,古今諸国の実話に取材し,身を捨てて義理を貫く武士たちを活写――.

 門に生まれついたばかりに深い哀惜の幕切れを引かざるを得ず,その群像が平家一門の栄枯盛衰を明瞭に物語っていく.死の巧拙を論じる智慧,それは憂いの中にこそ花開くものであり,封建社会における人間の宿命であると承知の上だが,因業の深さに思いを馳せずにはいられない.

 『平家物語』の往生の悲劇は,鎌倉時代から江戸前期にかけて,武士たちが守るべき倫理つまり義理を主題としている.身の破滅を恐れずに義理を貫き通す姿勢は,必ずしも義務ではなく,むしろ自己規律の一部として成り立っていた.武士の気質を「五倫五常」の美徳と対比させると,人倫秩序の規範を階級装置として保持していた必然性や,その過酷さが明確に浮かび上がってくる.

 彼らの運命が27章26編にわたって万華鏡のように展開される.井原西鶴は町人出身であったが,儒教的な士道観を賛美しつつ,同時にその残酷さを鋭く観察した.内面化された義理と人情の葛藤を描き出し,義理が人情を圧倒する様々なエピソードには悲壮な雰囲気が漂う.まさに挽歌としての説話集と呼ぶべきものであろう.

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原題: 武家義理物語

著者: 井原西鶴

ISBN: -

© 1976 明治書院