| オデッサとは元ナチス親衛隊隊員の救済を目的とする地下組織で，その存在は公然の秘密とされている．リガの殺人鬼と呼ばれた元ＳＳ高級将校を巡って，この悪魔の組織に挑む一記者の，戦慄の追跡行――． |
ナイジェリア内戦（1967年）取材の特派員として現地に赴いたフレデリック・フォーサイス（Frederick Forsyth）は，傑作『ジャッカルの日』を35日間で書き上げた．本書も『ジャッカルの日』と並び，スリラー小説ファンを歓喜，興奮させた．20年以上にわたり，フォーサイスは英国の諜報機関MI6（秘密情報部）に協力していた事実を2015年8月30日のサンデー・タイムズが報じた．『ジャッカルの日』を出版した2年後の1973年，フォーサイスは東ドイツに派遣された．オデッサ（ODESSA）とは，元ナチス親衛隊隊員の救済を目的とする非公式組織（Organisation der ehemaligen SS-Angehörigen）であり，旧ナチス党員の逃亡支援のため1946年に密かに結成されたという．
幾度かその名称を変更しながら，オデッサは組織としての存在を否定され続けてきたが，フォーサイスは「オデッサは厳として存在し，そして “ドクロ”の標章をともにいただく同志 （カメラート）たちは，組織の中で固く結ばれている」と本書冒頭で断定している．元SS隊員を助けた組織には，オデッサ以外には，たとえばSS同志会やルデル・クラブなどがある．元SS隊員とナチス残党は，オデッサの支援を受け，戦後ドイツ社会に復帰し，また他国に逃亡を果たした．オデッサはプロパガンダを含め，行政，警察，官僚組織などに浸透し，彼らに便宜を図る互助組織だった．オデッサにより氏名，戸籍，職業，外見をも捏造された"同志"は，極秘の名簿にリストアップされていた．それが非公然ながらも「オデッサ・ファイル」と呼ばれてきたのである．
愛車ジャガーXK150Sを乗り回し，単身オデッサに乗り込む若いルポ・ライターの奮闘を描きながらも，唸らされるのはストーリー的なプロットではない．内部情報が表沙汰にならないよう張り巡らされたオデッサの警戒網，団結力と強烈な選民意識，隠然と権限を握る元SS将校が説く大ゲルマン帝国構想――戦後ドイツにあってもなお，汎ゲルマン主義を妄信する組織が存在した事実に対し，もよおす嫌悪と戦慄．それをもたらすディテールの描き方，その細密さが見事．その裏づけの証明がある．主人公ミラーが追ったのは，リガのカイザーヴァルト強制収容所責任者を務めた実在のエドゥアルト・ロシュマン（Eduard Roschmann）．その残忍さから"リガの屠殺人"と呼ばれた．本書でロシュマンは逃亡中に凍傷で足の指を数本欠損した記述がある．ロシュマンは1977年パラグアイで心臓発作を起こして死んだが，検死官によると実際にロシュマンの足の指が数本欠けていたという．
フォーサイスは，詳細な事実を調べ上げ，書いたことの一例である．また，ミラーのオデッサ追跡は，1963年のケネディ大統領暗殺事件を発端とするが，同時期に英米の支援を受けるイスラエルと敵対するエジプト（ナセル政権）の巡航ミサイル配備計画の攻防がマクロの背景としてある．イスラエル壊滅作戦としてのミサイル開発にはドイツの科学者が斡旋されており，それに深く介入していたのがオデッサという設定である．ミラーは，ユダヤ人過激派グループとイスラエル諜報特務庁（モサド）の力を借り，元SS隊員に「成りすまし」，オデッサに逆に潜入して目当てのロシュマンを追跡する計画を決行する．このように，ミクロの物語とマクロの背景を余念なく描き込むデザインが，虚構に質実を与えている．それは，フランス特派員経験およびMI6との情報交換をリソースとするフォーサイスの綿密な調査により，小説のプロットが巧みに構造化されているからである．
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Title: THE ODESSA FILE
Author: Frederick Forsyth
ISBN: 4042537022
© 1980 角川書店
