▼『シビル・アクション』ジョナサン・ハー

シビル・アクション―ある水道汚染訴訟〈上〉 (新潮文庫)

 1960年代後半,ボストン近郊の町ウォーバーンでは急性リンパ性白血病に倒れる子供が相次いだ.地区の8家族は水源の汚染が原因であるとし,産業廃棄物を捨てた疑いが濃厚な企業2社を相手に民事訴訟に踏み切った.住民側の弁護士ジャン・シュリクトマンは,経験は浅いが,派手な法廷闘争と徹底した調査を売り物にする新進気鋭の弁護士だった――.

 サチューセッツ州ボストンの北20キロに位置する工業都市ウォーバーン.人口は4万人を切り,化学薬品工場,パルプ,皮革加工の工場で栄えてきた.1960年代の地域水源と水質の変化に,住民は気づいていた.異臭があり,苦く,濁った水は水管を急速に腐敗させていった.発症率10万人に4人以下の急性リンパ性白血病が,小児に集中して見つかるのは1970年代のことであった.ボストンの小児血液病学者は,1972年からおよそ7年間のうちに,ウォーバーンの狭い北東部工業地帯で,6人もの小児白血病患者が発生していると訴えた.

 州の環境調査官が東ウォーバーンに流れ込む水源Gおよび水源Hを調査したところ,大量のトリクロロエチレンが検出された.発ガン性が強く疑われる工業用溶剤である.マサチューセッツ州公衆衛生局の調査では,汚染水源と白血病の因果関係は明確にされなかった.白血病患者の遺族の働きかけで,多国籍企業の化学薬品メーカーW・R・グレース社,巨大コングロマリットのベアトリーズ・フーズ社の2社を相手取ったシビル・アクション(民事訴訟)が開始される.原告側の弁護士は,経験も浅い31歳のジャン・シュリクトマン(Jan Schlichtmann).

 遺族の代理人を引き受ける彼に,勝算が渦巻いていたわけではない.しかし,懸ける意義はあると考えた.集団訴訟に要する数百万ドルの費用を負担し,大企業が雇った老獪な弁護士たちに挑む.ジョナサン・ハー(Jonathan Harr)の緻密でシビアな筆が,シュリクトマンを一応の主人公としつつ,被告側の弁護士の論陣,アンフェアな裁定で苦汁を嘗めさせられる裁判官,シュリクトマンの右腕となる友人弁護士や秘書との関わりなど,怒涛の闘争でリーガル・マインドを明かしてゆく.電磁波と発ガン性の因果関係が完全に証明されていないのと同じで,トリクロロエチレン健康被害の因果と必然性の裏づけが取れない.

 敗訴すれば,莫大なコストと労力はともに灰燼に帰す.さらには,巨額の損害賠償請求が下されることも覚悟せねばならない.きわめてリスキーな訴訟を引き受けたシュリクトマンは,強引な野心家として描かれる.本書は,環境汚染訴訟のマイルストーンを目指し,原告側が敗れ去るまでの実録であり,社運を賭す大企業側の圧倒的巻き返しが,訴訟の「住民有利」という評判を覆した.正義や悪が勝利を収める観方ではなく,合理的な説明材料を積み上げが十分でなく,逸った側が敗訴することを語るケーススタディなのである.

++++++++++++++++++++++++++++++

Title: A CIVIL ACTION

Author: Jonathan Harr

ISBN: 9784102172117, 9784102172124

© 2000 新潮社