中曽根内閣の官房長官で辣腕を振るい,歴代の政権にも隠然たる影響力を持った男・後藤田正晴.混乱する政局を舌鋒鋭く斬り,"カミソリ"の異名を取った彼の直言は,各界から幅広い支持を得てきた.そんな著者が自らの波瀾の人生を振り返った,貴重な戦後政官界の秘史が本書である――. |
60数時間,数十万語に及ぶ語の集積を,御厨貴と伊藤隆が編纂した「後藤田オーラル」.1995年9月から1997年の12月までに実施された後藤田正晴へのロングインタビュー,政策研究大学院大学政策情報プロジェクトとして行われている.田中内閣では内閣官房副長官,中曽根内閣では二期の内閣官房長官を務めた後藤田は,内政,外務,安全保障・危機管理全般にわたる官邸主導体制の基礎を築いた.
ご意見番となった後藤田さんの発言すべてに,わたしは賛同するものではない.しかしご意見番としての後藤田さんの発言の基礎に,語り部として残されたこの『情と理』があったからこそ,後藤田さんの晩年の心境に接近し,さらなる語りの魅力に触れることができた.まことにオーラル・ヒストリーは生き物の如き存在である.おそらく後藤田さんのこのオーラル・ヒストリーは,後藤田さんが亡くなられた今後の日本において,新たな読者を獲得すると同時に,新たな読み方が提示されていくことになるのだろう
後藤田が拝命した1939年の内務省任官は,当時大蔵省と並んで国内行政の権限が集中していた組織・内務省への登用を意味していた.後藤田は,陸軍時代を経て,GHQ統治下での公安制度の発足,血のメーデー,二重橋事件,海上保安庁と警察予備隊の合弁などを通じて「警察組織の近代化」に奔走している.警察庁長官時代は,極左過激派によるよど号ハイジャック事件,あさま山荘事件などの対処に追われた.空前の経歴が,政治家に転身後僅か当選2回で閣僚入りという異例人事を可能にしたのである.
本書で後藤田が懸念する「歴史といっても自分の側から見た場合の歴史的経験」は,一般的な意味でのそれではなく,オーラル・ヒストリーに堪えうる政治力学の変遷を内包している.田中角栄の金権選挙からドブ板選挙の手法で当選した時期を指して,後藤田は「理から情への自己変革」に成功したと見ていた.官僚から閣僚に至るまで,独自の観点から職責に「実と利」を揺るがせた失策を表面化させていないのが見事.私心を超えたその哲学は,おそらく編集の恣意から生み出されたものではない.
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著者: 後藤田正晴
ISBN: 406281028X, 4062810298
© 2006 講談社