▼『五人のカルテ』マイクル・クライトン

五人のカルテ (ハヤカワ文庫NF)

 原因不明の高熱,骨折,火傷,心臓停止,激しい胸の痛み.マサチューセッツ総合病院の救急治療室には,さまざまな患者が昼夜を問わず運ばれてくる.ここに医学生として勤務した体験をもとに,超ベストセラー作家が刻々と変化していく医療現場の実態をリアルに再現し,その裏側に隠された問題点を鋭くえぐる.全米で驚異的人気を誇るTVドラマ・シリーズ「ER(緊急救命室)」の原点となった話題の医学ノンフィクション――.

 イクル・クライトン(Michael Crichton)は,マサチューセッツ総合病院(MGH)という世界屈指の総合病院で鍛え上げられたサイエンティストだった.著名な医学雑誌の一つ"The New England Journal of Medicine"には,MGHで処置された困難事例が数多く掲載されてきた.クライトンは,ハーバード・メディカルスクールを経て,生命科学の分野で近未来の技術をプレディクトした作品を数多く遺した.

 医療現場のケーススタディは,飽和ということがない.本書の全5章は,実在の患者が訴える高熱,胸痛,火傷,心停止などを医学生の眼から見て分析,考察する.学生とはいえ,観察眼は鋭い.本書は,NBCの黄金時代を築いた医療ドラマ「ER 緊急救命室」(1994-2009)の原作となった.当初,映画化の話も浮上していた.映像作家にクライトン本人も参加する予定であり,共同作業にはスティーヴン・スピルバーグ(Steven Allan Spielberg)が加わるはずだった.

 インパクトのあるSFを撮りたいと考えていたスピルバーグが,水を向けると,クライトンは「太古の恐竜を遺伝子操作技術で現代に甦らせる話」を打ち明けた.興味を引かれたスピルバーグは,1990年に出版された『ジュラシック・パーク』のリアルな映像構想を練り始めた.こうした経緯から,屈指のSF映画と長寿ドラマは同じ親を持つ「兄弟」なのである.

 晩年のクライトンは,“擬似科学”に眉を顰め,特に環境保護利権と環境保護ブームを批判していた.それを右派とみなす勢力から「クライトンは変節した」と応酬の批判が繰り返された.科学の暴走に警鐘を鳴らしてきた彼のこれまでの作品と矛盾するという解釈であった.クライトンは,科学の未来の姿と役割を構想し,時には夢想した.環境的理解の一局面で作品性の論理を忖度されることは,本意でなかったに違いない.

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Title: FIVE PATIENTS

Author: Michael Crichton

ISBN: 4150502013

© 1996 早川書房