▼『悪の遺伝子』バーバラ・オークレイ

悪の遺伝子―ヒトはいつ天使から悪魔に変わるのか

 「二重らせん」は邪悪な運命を内包する.よこしまで不誠実でうつり気.しかし奇妙な魅力で人を惹きつけた美しい実姉の変死後,著者はその遺品箱から日記と手紙の束を見つけ,たちのぼる霊気に誘われるがごとく,ある探求を始める.そしてやがて姿を立ち現した,恐るべき科学的真実とは――.

 大なタイトルは,社会の発展のためには環境の改善よりも生物学的な改良が有効と信じたフランシス・ゴルトン(Francis Galton)の「疑似科学」を連想させる.その復権を論じる意義があれば,本書の評価は一層の高みに達することができただろう.性格異常に美貌の姉に翻弄された半生のバーバラ・オークレイ(Barbara Oakley)は,あらかじめ「道徳的に盲目」となる傾向を組み込まれた人間が「反社会的」傾向をもつと,経験知で得ている.

一見して,邪悪としか思えない人物がなぜ存在し,政治や宗教,学問の場,一般の職場やふつうの家庭まで,さまざまな社会構造の中で,いかに「役割」を果たしうるのか,あるいはトップにまで昇りつめることすらありうるのか?

 人格異常を疑わせるカリスマ的なサイコパス.それをオークレイは「邪悪な成功者」と呼んでいる.「弱く未発達な自我」「破壊主義的で被害妄想をいだいた預言者」,「生来の左脳の弱点によって,右脳が思考と行動に強い影響力を及ぼしていた」と評価されるアドルフ・ヒトラーAdolf Hitler),複数の人格障害を併発していたとほぼ(本書では)断定される毛沢東は「悪魔に魅入れられた男」.歴史上の圧政者を――いかに邪悪と考えられるとはいえ――,無名の一個人と並べて検証するのは無茶というもの.

 ともに「悪の遺伝子」なるものが“器”に備わっていたなら,その培養となる“環境”が揃えば悪のエスタブリッシュメントが誕生するのか.その検討は,一般的な推論を断定調で述べるに留まる.末尾の毛沢東論はよく書けている.しかし毛のナルシシズムについては,すでに暴露的評伝があり,本書で言及された引用文献を読んだ方がよいだろう.本書では興味本位の欠席裁判がなされていると解釈しておきたい.

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Title: EVIL GENES

Author: Barbara Oakley

ISBN: 9784781601588

© 2009 イースト・プレス