▼『終わらぬ「民族浄化」セルビア・モンテネグロ』木村元彦

終わらぬ「民族浄化」 セルビア・モンテネグロ (集英社新書)

 1999年のNATO軍の空爆により,コソボ紛争は公式には「終結」したことになっている.しかし現地では,セルビア系の民間人が三〇〇〇人規模で行方不明になるなど,空爆前とは違った形で「民族浄化」が続き,住民たちは想像を絶する人権侵害の危機にさらされている.本書は,空爆終了後六年間にわたって現地に通い続けた唯一のジャーナリストが,九・一一やイラク戦争の開始以降ほとんど報道が途絶えてしまったセルビア・モンテネグロの現状を告発した,渾身のルポルタージュである――.

 ルバニア人保護を理由に北大西洋条約機構NATO)がセルビア空爆後,「民族浄化」は,ボスニア内戦時ボスニア・ヘルツェゴビナのメディア戦略を展開した広告代理店ルーダー・フィン社が多用した用語である.用語の普及とともに,クロアチアボスニアの少数者セルビア人の武装化が,内戦問題を誘発したとする「セルビア悪玉論」イメージが強化された.ムスリム人,セルビア人,クロアチア人の三大勢力の争いの過程で,強制移住,殺人,組織的強姦が起きる.これを「民族浄化」と命名したジャーナリズムの狡猾さ.

 コソボ紛争を公式に「終結」させたNATO空爆は,1990年初頭に英・米・仏・露で構成された仲介グループが,ランブイエ(パリ)で提示した和平案が合意されれば起きなかった.最終局面でアメリカが「付属文書B」を出し,NATO軍のユーゴ全域での治外法権を要求したために,スロボダン・ミロシェヴィッチ(Slobodan Milošević)大統領(当時)はこれを拒否.2ヶ月半にわたる空爆が開始される.和平案を受諾しコソボが国連の統治下に入ると,国連コソボ暫定統治機構が置かれる.だが統治機構と治安維持部隊は,民族浄化に関与しようとはせず,放置し続けた.

 現地ではセルビア人だけが悪であるわけではなく,民族自決を掲げる勢力が地域別に台頭している.本書は,アルバニア系,セルビア系ともに悲劇の渦中にあることを「現場第一主義」で伝える.旧ユーゴスラビアを対ロシアの緩衝地帯として確保する目論見から,アメリカの人道介入がなされた.概念としての「国際化社会」が推進しようとする「平和協定」といったものは,本書の報告からみて不当性が「不可視」だったということだ.

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原題: 終わらぬ「民族浄化セルビア・モンテネグロ

著者: 木村元彦

ISBN: 4087202976

© 2005 集英社