▼『紅い花』フセーヴォロド・ガルシン

紅い花 他四篇 (岩波文庫)

 極度に研ぎ澄まされた鋭敏な感受性と正義感の持主であったロシアの作家ガルシンには,汚濁に満ちた浮き世の生はとうてい堪え得るものではなかった.紅いケシの花を社会悪の権化と思いつめ,苦闘の果てに滅び去る一青年を描いた『紅い花』.他に,『四日間』『信号』『夢がたり』『アッタレーア・プリンケプス』を収録――.

 疾の内にある良心と繊細な魂が,精神的悲劇を基礎とする短篇を紡ぎだしている.フセーヴォロド・ガルシン(Vsevolod Mikhaĭlovich Garshin)の33年の生涯は,アパート4階からの飛び降りで終止符を打たれている.彼は過酷な実体験から,童話や寓話,比喩の世界に救済の不全を描き,そこでは理想主義を言外に称えていた.1876年のロシア・トルコ戦争では一兵卒として死体埋葬の勤務についた.

 負傷して4日間飲まず食わずで死骸に埋もれ,生き長らえる兵士(「四日間」).精神病院に咲く<芥子の花>の紅さに,地上の悪の元凶を確信した一青年の悶死(「紅い花」).自由な世界を夢見て揶揄や不安に挑む,熱帯生まれの樹木の絶望の末路(「アッタレーア・プリンケプス」).閉塞の時空に描かれるのは,闘争の結果としての「滅び」.ロシア文学の長編リアリズムは,フョードル・ドストエフスキー(Fedor Dostoïevski)とレフ・トルストイ(Ru-Lev Nikolayevich Tolstoy)で最盛期を迎えた.

 その後には,アントン・チェーホフ(Anton Pavlovich Chekhov)らによるロマン主義とシンボリズムの短篇作家が台頭する.「異常なまでの明敏性」「病的に研ぎ澄まされた知性」の主ガルシンもそこに加えられるべきであろう.その狂疾が露わにするのは,ヒロイックな理想主義であり,殉教的な緊迫感に駆られている異様な雰囲気なのである.

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Title: ATTALEA PRINCEPS

Author: Vsevolod Mikhaĭlovich Garshin

ISBN: 4003262115

© 2006 岩波書店