▼『アダムとイヴの日記』マーク・トウェイン

アダムとイヴの日記 (福武文庫)

 この世で最初の人間,アダムとイヴの書いた日記が発掘された…「アダムの日記」「イヴの日記」それぞれに描かれた,アダムから見たイヴ,イヴの目に映ったアダム.そのすれ違いぶり,ものの見方の違いが笑いを誘う.おかしくて,最後にはほろりとさせられる,マーク・トウェインの本領が発揮された作品.原書からのイラスト満載――.

 段,男女でものの見方がかくも違うのかと,衝撃を受けることは多い.「男と同じような形態を取っているから,理解し合えるような錯覚を与える厄介な『女』という存在」とした渡辺淳一のようなスタンスはどうかと思うが,意見の共有の難しさを孕みながらも,惹かれ合うという点では正しい.困難というより,ほとんど意味不明でさえある.ユダヤ教イスラム教,そしてキリスト教聖典あるいは啓典では,ヘブライ語で「土」「人間」を意味するアダムと,「生命」を意味するイヴは56人の子をもうけ,地上に人口を満たす使命を果たした.

 蛇の唆しにより,禁じられていた「善悪の知識の実」を食したアダムとイヴは,霊的な死と肉体的な死を体験することになる.ヤハウェは,アダムとその子孫の男には労働の苦しみを,イヴとその子孫の女には出産の苦しみを,人間を唆した蛇には地を這う生涯を与えたという.『テモテへの手紙一』2:14,『コリントの信徒への手紙一』15:45によれば,アダムは930年生きて死んだがイヴの最期は不明.この2人がそれぞれ秘密の日記をつけていたならば,何に困惑し,求め,得られず葛藤したのか.

 庶民的作家としてのマーク・トウェイン(Mark Twain)の創造力が羽ばたく.アダムとイヴの日記は絵日記となっており,1904年にハーパー・アンド・ブラザーズ社から出された「アダムの日記」と,1906年の「イヴの日記」では,画風がまったく異なる.原書から転載された挿絵は,アダムのパートでは単純で素朴だが,イヴのものでは緻密で繊細.エンドレスなおしゃべりの相手を務めさせられることにうんざりするアダムの解釈と,アダムに気を遣わせないよう配慮して喋り続けていたイヴの自覚は食い違う.

 齟齬は日記を照合しなければ判らない.男女としてのアダムとイヴは,その違いが永遠に判らないのである.「アダムの日記」が果てしなく愚痴っぽいのに対し,「イヴの日記」は文学的で美しいのには苦笑.トゥエインの没後100年にあたる2010年,5,000ページにわたる本人の手稿が「自伝」として刊行され始めた.全4巻になる予定だという.妻の死後,トゥエインは「イヴの日記」を著した.イヴに先立たれ,長い年月を孤独に過ごしたアダムは悟る.本書最後の一行が何より重い.フェミニストの目覚めを窺わせる回顧は,不完全な存在同士の相補と衝突の大儀であろうか.

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Title: THE DIARY OF ADAM AND EVE

Author: Mark Twain

ISBN: 9784828857107

© 1995 福武書店