激しい恋の情熱,みずみずしい自然の感動,また,悲運に立ち向かう傷ましい魂のおののき.あえかな美をいつくしむ心,そして,健やかな哄笑.『万葉集』20巻のうちに見出されるのは,上代日本人のひたむきな生活と心情である.本書で著者は,1つ1つの歌を手がかりに,現代に生きる私たちと少しもかわらぬ古代男女の喜怒哀楽の劇をとらえ,その生の種々相を描き出す.万葉びとの美と心を興味深く,親しみやすく説いた好著――. |
現存する最古の歌集である「万葉集」は,いまだその編纂時期が確定されていない.この時代には日記や随筆を書き留める習慣が存在せず,その代わりに歌謡が和歌の形態として採用されていた.この歌集は古代律令国家が形成される時期に編まれ,その抒情性は後の文学の発展において重要な礎となった.
初期の「万葉集」には額田王の歌が見られる.中期には柿本人麻呂,大伴旅人,山上憶良といった詩人たちの浪漫性が表れ,後期には大伴家持の美感が際立っている.これらの詩人たちの歌は,陶酔と共感を感じさせ,恋の煩いを表現する相聞歌や,九州や対馬の辺境で警備に当たった「防人」の別離の苦しみを代弁した「生命感」ある歌に,花鳥風月の無常というものが籠められている.
「万葉集」には多様なテーマ性が内在し,雅やうつろいといった和歌の要素が豊富に見られる.これらの歌が物語るものは,時の移ろいと人生の儚さ,そして自然の美しさなど,さまざまな側面が織り交ぜられている.その豊かな表現力は,後の和歌文学においても影響を与え,日本の詩歌の伝統を築いていく基盤となったのである.
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原題: 万葉集の美と心
著者: 青木生子
ISBN: 4061584022
© 1979 講談社