『リヴァイアサン』で知られるホッブズ(一五八八‐一六七九)の政治論はいかに構築されたか.その基盤となる歴史観を示す,著者晩年の代表作.世代の異なる二人の対話形式で一六四〇‐五〇年代のイングランド内戦の経緯をたどり,主権解体と無秩序を分析する――. |
イギリスの1649年共和政の成立から,1653年の護国卿設置までの国家形態.国家権力の強大さを海獣リヴァイアサンに仮託し"コモンウェルス"を論じた1651年出版の『リヴァイアサン』に比べ,本書は相対的に軽視されてきた.しかし,社会契約によって形成される理想的な国家の対照として,ここでは旧約聖書(ヨブ記)に登場する陸の巨獣ビヒモスが位置づけられる.本書は,1640年から1660年まで続いたイングランド内戦の原因と,協議と策略の歴史を対話篇(ダイアローグ)形式で検討する政治学書.
トマス・ホッブズ(Thomas Hobbes)は,ペリクレス時代のような安定した民主政治こそ,国家統治の条件であることを述べている.他方,議会(長老派)の陰謀に踊らされた民衆の「意思」が内乱を引き起したため,処刑されたが本来は賢明な王であるはず,との前提でチャールズ1世(Charles I)を擁護した.ホッブズが「ありとあらゆる不正と愚行」と断罪する内戦の混乱時における無法状態とは,リヴァイアサンを退けた後,ビヒモスが呼びよせる主権解体と無秩序である.
王権と教権を手にした国家権力(リヴァイアサン)を脅かす強大な存在として,巨獣ビヒモスが対置され,その実体は社会契約にもとづいたコモンウェルスを破る混乱――「万人の万人に対する闘争」を引き起こす破壊的事態――とその脅威なのである.そこで,"ダモクレスの剣"の下に鎮座するのは,民衆による統治で選ばれた者であるべきか,慈恵的専制で権力を与えられた者であるべきかが問題となる.ホッブズ自身は,王政の破壊への非難をこの書で論じ立て,王党派の立場から政治分析を加えている.
チャールズ2世(Charles II)は王政復古の後,ホッブズを相談役にして年金を与えた.おそらく,リヴァイアサンとビヒモスはそれぞれ瀕死に追いやられることはあっても,その生命力は無限を保つ.晩年には,自伝の執筆とホメロス(Hómēros)とトゥキディデス(Thukydides)の翻訳に没頭したホッブズは,コモンウェルスと無秩序,自然権の放棄や自然状態をとらえる政体論を構想し続けたに違いない.1666年,イギリス下院は『リヴァイアサン』を発禁リストに加える議案を提起,ホッブズはこれに従い,以後の政体分析の著作は死後出版とされた.本書もその一つであった.
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Title: BEHEMOTH
Author: Thomas Hobbes
ISBN: 9784003400463
© 2014 岩波書店