▼『マリー・アントワネット』安達正勝

マリー・アントワネット フランス革命と対決した王妃 (中公新書)

 名門ハプスブルク家に生まれたマリー・アントワネットは,フランス王妃となり,ヴェルサイユ宮殿で華麗な日々を過ごしていた.だが,一七八九年のフランス革命勃発で運命が急変.毅然と反革命の姿勢を貫き,三十七歳の若さで断頭台の露と消えた.悪しき王妃として断罪された彼女が,後世で高い人気を得,人々の共感を集めているのはなぜか.彼女が目指した「本当の王妃」とは何だったのか.栄光と悲劇の生涯を鮮やかに描く――.

 ーストリア・ハプスブルク家神聖ローマ皇帝フランツ1世(Franz I.)とマリア=テレジア(Maria Theresia)の娘として生まれ,ウィーンで王女時代を過ごしたマリー・アントワネットMarie-Antoinette-Josèphe-Jeanne de Habsbourg-Lorraine)は,1770年,わずか15歳でフランスの皇太子――後のルイ16世――と政略結婚を果たした.フランス王妃として生きた彼女は,美しさと純情な一面を持ちながらも,軽率かつ浪費家であった.特にヴェルサイユ宮殿での奢侈な生活は非常に目立ち,宮廷では彼女を揶揄して「赤字夫人」「オーストリア女」と呼ばれた.また,夫であるルイ16世(Louis XVI)の優柔不断さに代わり,政治や人事に口出しするなど,その振舞いはしばしば周囲を煙たがらせた.彼女は革命の嵐が巻き起こる中,母国オーストリアに助けを求め,反革命陰謀を練り上げた.しかし,1791年6月ヴァレンヌ逃亡事件で捕らえられ,パリに幽閉されてしまう.

 フランス革命は当初,王制打倒が目的だったのではなく,予想外に急進化したことが王家の誤算だった.アントワネットは,ハプスブルク出身王妃の誇りを持ち,革命に交渉するでも,逃げ出すでもなく,毅然と立ち向かい屈服させようとした.国内の貴族出身ならさっさと国王だけ置いて国外に避難しただろう.シュテファン・ツヴァイク(Stefan Zweig)は,アントワネットの贅沢な生活を"ロココの王妃"として描き,ロココ文化の繊細優美な特色の典型をそこに見いだしている.アントワネットは,革命派が思い描いていたような悪女ではなく,ごく平凡な人物だった.それを裏付けるように,幼少期のエピソードに目立ったものはほとんどない.音楽の都ウィーンで生まれたのにも関わらず音楽は苦手.勉強嫌いで,踊りが上手い.多くの貴族に取り囲まれた宮廷社会しか知らない彼女が,衣装や髪型や装身具などで彼女の歓心を買おうとする側近や,儲けようとする商人たちに利用されていた.

 ツヴァイクによれば,王妃アントワネットは,王党派のたたえるような偉大な聖女でもなければ,革命が罵るような淫売でもなく,平凡な性格の持ち主であり,本来はあたりまえの女であって,とりたててかしこくもなければ,とりたてておろかでもなく,悲劇の対象にはなりそうもない女であったという.だが彼女が身を置いたヴェルサイユ宮殿は,華やかな宮廷文化が花開く場でもあった.一般の人々には遠い存在であったがゆえに,彼女の生活は多くの人々にとって夢のようなものであり,王妃自体が一種のファッションやライフスタイルのアイコンと見なされた.それまで宮廷の表舞台に王妃は立たず「公式寵姫」が差配してきたが,アントワネットは自己顕示欲で主役になろうとしたため,多くの宮廷人の反感を買うことになった.政務や儀式には不熱心で,豪華な宮殿,賭博や観劇などで税金を濫費し続けたため「宮廷の無駄遣い」の象徴として市民の怒りを買ったのである.

 王家に協力的な革命家――ミラボーラファイエットら――も最後まで信用せず,ジロンド派との共闘も拒否した.過去の治世の負債を背負わされ,既に財政が危機に瀕していた時に王として君臨した王妃の行動には,国民から憎まれても仕方のないことだった.ヨーロッパ史上,統治権を持たない王妃が処刑されるのは異例であった.単なる浪費家の王妃なら,早期に国外亡命していただろうが,誇り高く名誉を重んじるアントワネットは王妃の義務を感じて革命と全面対決したために,革命家の反感を煽り,処刑されてしまったのではないかと著者は見る.夫であるルイ16世が処刑されると,彼女もまたジャコバン派の独裁の下で1793年10月16日にギロチンにかけられ,威厳と気品をもって処断された.その生涯は,政略結婚から始まり,フランス革命の嵐に巻き込まれ,最期に至るまで波乱に満ちたものであった.アントワネットの栄光と悲劇は,歴史の裏側に潜む複雑な人間模様や社会の変遷を浮き彫りにし,彼女がなぜ歴史的な人物として再評価され,後世において称賛されているのかを理解する上で重要な手がかりとなるだろう.

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原題: マリー・アントワネットフランス革命と対決した王妃

著者: 安達正勝

ISBN: 4121022866

© 2014 中央公論新社