▼『タラへの道』アン・エドワーズ

タラへの道―マーガレット・ミッチェルの生涯

 レット・バトラーのモデルは著者の最初の結婚相手だった.生涯でただ一冊不朽の名作を書いた女性の謎のヴェールがはがされた.それはまるでもう一冊の「風と共に去りぬ」である――.

 熱・知識・経験のすべてを一作に投入したと生前に語ったマーガレット・ミッチェル(Margaret Munnerlyn Mitchell)は,文字通りアメリカ文学の“金字塔”を『風とともに去りぬ』で建てた.ジョージア州アトランタの裕福な生家,母子関係の葛藤,官能的で暴力的な夫,南北戦争ノスタルジア.そして,全編を覆う人種差別の肯定的雰囲気――ミッチェルの半生とスカーレット・オハラの人物造詣は,重複する面がことさら多い.ミッチェルは,『風とともに去りぬ』の過剰なまでの成功後,周囲の「雑音」に悩まされる.

 2万通におよぶファンからの手紙に必ず返信し,親しい友人とは丁寧に文学の是非を論じ合う.さらに著作権侵害で次々に起こされる訴訟問題がミッチェルの神経を消耗させていった.マクミランはじめ,出版社からの「第二部執筆」を再三にわたり要望されながらも,着手に至らなかったことは無理もない.アトランタ・ジャーナル日曜版のコラム執筆者で文筆業をスタートさせたミッチェルは,煥発な文才を評価されている.彼女の場合,長い準備期間とゆとりある執筆期間が不可欠なタイプの作家であったのだろう.

電話のベルが3分おき,玄関のベルが5分おきに鳴り響き,電報は7分おきに配達,手紙は郵便配達夫が段ボールに入れて運び,四六時中,最低でも10人ぐらいが家の前に集まって,作者のサインを待つ

 愛用のレミントン・タイプライターを前に,くるぶし骨折の静養期間を活用して著された『風とともに去りぬ』だが,以前には膨大な歴史書読破という「準備」があった.世に出す直前まで推敲が繰り返された第1章など,実に41回も書き直しが行われている.出版からたちまちベストセラーに押し上げられ,名声の頂点に祭上げられてしまった作者は,望んでいた平凡な生活を犠牲にせざるを得なくなる.本書は,少女時代―記者時代―結婚と離婚―小説の着想―出版後,という時系列でミッチェルの生涯を追う.構成としては平凡で陳腐,分析性はない.

 『戦争と平和』に迫る分量のアメリカ文学が,かくも世代を引き継がれ,さらに繰り返し読まれる.その理由は,ある世代には懐古を喚起する娯楽作として,またある世代には「昔話」として聞かされた時代の雰囲気が,物語で味わえるというそれぞれの「快感」をいたく刺激するものだからだ.処女作が文学の一角,それも大きな一角を占めた奇跡を再考するには,作者の評伝は少なからぬ意味をもつ.ただし本書では,ミッチェルの恋愛と結婚の逸話に比重を置きすぎており,人物評をまじえた伝記としてはバランスが悪すぎる.

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Title: THE ROAD TO TARA

Author: Anne Edwards

ISBN: 9784163403403

© 1986 文藝春秋