▼『野上弥生子短篇集』野上弥生子

野上弥生子短篇集 (岩波文庫)

 20世紀のほとんどを生きた,私たちと同時代の作家野上弥生子(1885‐1985).『真知子』『迷路』『森』などの骨太な長篇小説で知られる野上弥生子は,また,克明な観察力と鍛えぬかれた描写力による確かな人間造形が際立つ,練達の短篇作家である.「或る女の話」「哀しき少年」「明月」「狐」など,秀作7篇を編年順に収録――.

 れた長篇作家は,短篇作の技量も高いというが,その逆はない.知遇で夏目漱石の門下となった野上弥生子は,『ホトトギス』に発表した「縁」などの写生文的な短篇から出発した.冷静な洞察による人間描写は,文化教養主義と精緻なリアリズムに貫かれている.

 軍国主義に対する多感な少年の心理的拒絶(「哀しき少年」).北軽井沢の風光明媚,近づいてくる軍靴の気配(「山姥」).死後の評判から故人の人となりが浮き彫りとなる(「明月」).戦時の軽井沢で狐の飼育を始めた男の苦難と,狐の運命(「狐」).

 「叙事文」「小品文」ともよばれた写生文は,写実的描写の散文であり,野上はその影響下から出発した.戦後文学に燦然と輝く『迷路』『秀吉と利休』『森』などの長篇も,20世紀をほぼ生き抜いた知的構成力,西欧古典に通じた豊かな教養という文化史的感興をもって短篇と融け合う.

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原題: 野上弥生子短篇集

著者: 野上弥生子

ISBN: 4003104900

© 1998 岩波書店