▼『帝王』フレデリック・フォーサイス

帝王 (角川文庫 緑 537-8)

 八時間に及ぶ凄絶なファイトの果てに,五〇〇㎏を超える伝説のブルーマルリン“帝王”を釣った男に訪れた劇的な運命の転換とは?冒険,復讐,コンゲーム‥‥男の世界を描く魅力の傑作集――.

 レデリック・フォーサイス(Frederick Forsyth)の作品には,彼の多様な経歴と経験が反映されており,特に短編小説はその一端を多彩に示していて愉しい.これらの短編は,彼が英国空軍で指導パイロットを務め,ジャーナリストとしての経験から得たリアリズムと洞察に裏打ちされている.フォーサイスは,1958年から1961年までイギリスのイースタン・デイリープレス紙の記者として,その後1961年から1965年までロイター通信社の特派員としてヨーロッパ各地に派遣された.これらの経験が彼の作品において特有のサスペンスとリアリズムを生み出す基盤となっている.

 大新聞社に名誉を棄損され,社会的信用を失ってしまった男.大新聞社を相手にしても勝ち目はない.一計を案じ,裁判で証言したことは誰に対しても責めを負わない特権を活用し反撃に成功する(「免責特権」).重病で余命いくばくもない男の遺産は総額250万ポンドになるが,誰に遺すか.彼の妹夫婦やその息子はあまりにも愚かで人間性も信用できないが(「完全な死」).典型的なフランスの田舎ドルゴーニュで出会った朴訥な農夫は,アイルランド駐屯部隊に配属されキルメイナム刑務所で処刑人を務めた過去があった.彼の愚鈍な口ぶりから,イースター蜂起の指導者で民族主義者の詩人を処刑したことが判明する(「ダブリンの銃声」).私小説的な装いであった「シェパード」の姉妹編ともいうべき計8篇.

 BBCの特派員活動中,フォーサイスはビアフラ戦争の取材でナイジェリア政府を批判,これが原因で退社することとなった.この出来事は,彼の生きた経験が彼の作品にどれほど影響を与えているかを示す一例となっている.フォーサイスのプロットは,政治的な要素やキャラクターの心理描写を緻密に組み込むことで知られているが,着想の源泉と真髄は,彼自身の従軍体験や特別な情報源への取材などから得た迫真のディテール描写にある.彼の作品は読者に予測できない展開とエキサイティングなストーリーテリングを提供し,その中にはフォーサイス独自の視点と経験に裏打ちされたリアリズムが感じられる.

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Title: THE EMPEROR

Author: Frederick Forsyth

ISBN: 4042537081

© 1984 角川書店