▼『清水次郎長』高橋敏

清水次郎長――幕末維新と博徒の世界 (岩波新書)

 「海道一の親分」を謳われた清水次郎長を措いて幕末維新のアウトローを語るに他はない.本書は歴史学の手法を駆使して,血で血を洗う並み居る強敵たちとの死闘を勝ち抜き,時代の風を読んでしぶとく生き残った稀代の博徒の実像に迫る.巷間知られる美談仁侠の虚像からは異質な無頼の武闘派のしたたかな生き様が浮かび上がってくる――.

 岡生まれの侠客山本長五郎は,米穀商山本次郎八の養子であったことから「次郎八の長五郎」と呼ばれ,短縮して次郎長という呼称が定着した.1879年『次郎長一代記』,1884年『東海遊侠伝――一名次郎長物語』を底本とする博徒清水次郎長の美談.講談,浪曲,芝居,大衆小説,映画と,世俗に最も愛され,人口に膾炙したアウトローというほかはない.

 公権力としての幕藩体制の間隙に存在し,勢力を張った非合法の一門に関する有力史料が現存すること自体,稀有である.幕末下の混沌とした世相以外に,山岡鉄太郎や榎本武揚らと知己を結ぶことになった足掛かりがより大きな意味を持ったように感じられる.咸臨丸が清水湊に停泊中,新政府軍の攻撃を受けた際,「仏に朝敵も官軍もない」と鷹揚に遺体処理を引き受けた豪気は人の心を掴む.

 国の警察機能を補佐するヤクザ渡世は,いつの世でも変わらない.幕府は博徒を取り締まる一方,治安維持に利用した.維新後,次郎長は東海道総督府判事から帯刀の特権を与えられ,新政府の東海道探索方を命じられた.囚人を使役して富士の裾野開墾,汽船を建造して清水港発展に尽力するなど,典型的な利益誘導政治に貢献した.新政府の方針にも博徒利用は継続されたのである.

 伝説には俗説と稗史がふんだんに潜んでいる.本書は,史料の制約が大きい中で,幕末期の史実に隠然と武力を有した稀代の博徒の実像に迫ろうとする.赤報隊,名古屋事件,秩父困民党など正史に足跡を残した「日本近代の徒花」の虚実.維新史の時代の申し子であった遊侠徒を束ねた無頼の侠客の功罪を再検討した書である.

++++++++++++++++++++++++++++++

原題: 清水次郎長―幕末維新と博徒の世界

著者: 高橋敏

ISBN: 9784004312291

© 2010 岩波書店